PAGE.279「天使は酷に蔑み、悪魔は含み笑う。(その2)」


「こいつっ!」

 アクセルは大空を舞いながらもゲッタの攻撃を回避し続ける。

 練習の成果はかなり現れているのか、それとも危機的な状況故に体が勝手にフィーリングを覚えているのか。見事に空中でのジェット噴射をコントロールしている。


 ……変に止まれば死ぬ。

 襲い掛かってくる巨大な蟲。アクセルに襲い掛かる小蟲達の親玉である魔族・ゲッタを前にその危機感をより鮮明に募らせていく。


「どうした! 震えてるぞ!」

 ゲッタは逃げ回ることしか出来ないアクセルに挑発をする。

 これだけの数の蟲。その包囲網があまりにも激しくゲッタ近づかせる事さえも許さない。


「……なんてこった」

 その言葉通り、アクセルは震えていた。

 巨大な蟲・ゲッタを前にその身を震わせている。


 怖いのか。やはり、怪物としてのその姿を目の当たりにすると恐怖を浮かべるのか。

 アクセルは震えたままに口を開いた。



「まさか、お前、魔族だったのか!?」


「……え、今更?」


 衝撃的な返答にゲッタは思わず声を漏らした。

 アルカドアでの事件、魔族と共に姿を消した。そしてその数日後に魔王奪還の一件に魔族と共に姿を現した地点でてっきり察しているかと思っていた。


 そこでゲッタは思い出す。


「そこまで馬鹿だったか、お前」

 この男は学園きっての大馬鹿であることを思い出す。

「……あの妹達とは大違いだな!」

 アルカドアに長年身を置いていたからこそ有名な話だ。

 組織の中でもきっての最年少であり天才。エージェントという立場すらも手に入れているアルカドア期待の双子の魔法使い……エグジットとリグレット。

 

 今、目の前を飛び回っている少年はその双子の姉妹の兄である。

 しかし、この兄は天才魔法使いである二人と打って変わって大馬鹿である。本当にあの天才の兄貴なのかと疑われ続け、姉妹からもダメな兄だと馬鹿にされ続けている。


 そのこともあってはアルカドアでは有名人だ。

 勉学の才能は皆無。魔法使いとしての実力は並以下の馬鹿であるという事も。


「ああ、俺は確かに妹達とは大違いさ……だが、仮にも兄貴だ!」

 その言葉の挑発にアクセルはふと口を歪ませる。

「あんな天才の兄貴だってところ、今から見せてやるよ!」

「ああ、そうか……見せてもらいたいな」

 ゲッタが笑みを浮かべる。


「“出来るもの”ならな」

「……!?」

 その言葉を発した途端。アクセルの視界が歪む。


 体が痺れる。さっきまでは感覚でうまくいっていたはずのコントロールが音を成して崩れ去っていく。文字通り、死にかけの蟲のように地面へと落ちていく。


 息が苦しい。頭痛が酷い。

 受け身を取る事さえも叶わぬまま、アクセルは岩盤へと突っ込んでいった。


「気づいてなかったみたいだな……この周辺の“毒”にな」


 ゲッタの言葉を耳にしたアクセルは目を凝らす。


 鱗粉だ。紫色の鱗粉があたり一面に立ち込めている。

 その鱗粉はゲッタの羽からまき散らされている。


 いつの間にか、動きを封じるために毒を放っていたようである。逃げ回ることに一心不乱で気づくことが出来なかった。


「ぐっ……?」

 体に毒が回ってくる。体の内側、骨や臓器に穴が開くような感覚がブツブツと伝わってくる。体全体が蝕まれていくことがわかる。


「やっぱり馬鹿だな。お前。直進的すぎて分かりやすいぜ」

 ゲッタは空から、墜落したアクセルを見落としている。


「んで、兄らしいところを見せるだっけ? やってみろよ?」

 空から指をくいっと曲げる。

 かかってこいよ。逃げも隠れもしないから自慢の実力を見せてみなよと、これ見よがしに挑発を重ねていく。


「ほらほら、俺は逃げないぞ~。カッコイイところを見せてやりなって! あの天才姉妹の兄だってところを見せてみなよ!」

 笑い声が聞こえる。

 妹達と比べて……劣っている兄を笑う声が聞こえてくる。



「くっそ……」

 アクセルは拳を地に叩きつける。

「情けねぇ……」

 動けない体。立ち込める無念。

 薄れていく意識の中で浮かぶ走馬燈。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 いつもそうだった。

 アクセル、そしてエグジットとリグレットは正真正銘本物の家族である。血のつながりは確実にあり、義理の兄妹というわけでもない。


 だというのに……その才能の差はあまりにもあった。


 魔法使いとしての実力も双子の妹達は上。一方兄であるアクセルは普通。

 勉強を劣っていたわけでもない。ただ、遊びに徹していたわけでもないのに……妹達はほんの短い期間でその才能を開花させた。


 勉学にもその差はあったのだ。IQや知能も、同じ家族のはずなのに赤の他人のようにも思えた。


 そのこともあって、兄である彼は馬鹿にされ続ける人生だった。

 両親にさえも……どうして、こんなに差があるものなのかと裏口を吐かれてしまった。



 ……悔しかった。妬ましかった。

 自分よりもたくさんの事が出来て。自分よりも頭が良くて、自分よりも褒められて……自分よりも優れている妹達に憎悪を抱いていた。


 でも、そんな嫉妬は些細な事で。

 何よりもアクセルにとって……その妹達は“誇り”でもあった。


 妹達も馬鹿にはしてくるが、その言葉は負けず嫌いなアクセルにとっては一種の挑戦状のようなものだったのだ。その事もあって、アクセルにとって妹達の存在は超えるべき目標の一つとしても捉えていたのだ。


 誇りであった、目標であった。

 だからこそ、次第に彼は自覚する。



 “自分のせいで妹達まで馬鹿にされていることに”。

 エージェント、そしてアルカドア所属の魔法使いとして最年少で選ばれた少女達。しかし、そんな妹達も、兄があのような馬鹿であると貶されていることに。


 自分のせいで、妹達の未来に傷をつける。

 次第にその事へ、自分の劣等感に傷を抱き始めていた。


 だからこそ、彼は今まで以上に勉強することにした。

 妹達に並ぶ魔法使いになるのではない。妹達を越える魔法使いになってみせると、そこら中の誰よりも優れた格好の良い魔法使いになると。


 妹達にとって、良い見本である兄になってみせると。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 いつの日かの誓いを思い出す。

 最強の魔法使いになって、自分も、妹達も優れた魔法使いとして。


 胸を張れる魔法使いになってみせると心に誓ったあの日の事。



 だけど、それは叶いそうにもない。

 また妹達の名前に傷をつけてしまった。その無念が心に宿る。


「ごめんな……エグジット、リグレット……」

 毒で麻痺していく体。次第に体から力が抜けていく。


「こんな……カッコ悪い兄貴で……!!」


「終わりだな」


 ゲッタが指示を送る。

 身動き一つ取れなくなったアクセルに、大量の蟲の牙が襲い掛かった。

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