PAGE.280「天使は酷に蔑み、悪魔は含み笑う。(その3)」
「ほらほら!」
山道では今も尚、刃をぶつけ合うサーフェイスとコヨイ。
「さっきまでの威勢は何処に行った!」
「……なめるな!!」
何度吹っ飛ばされようと、何度その身を壊されようとコヨイは立ち上がり刀と共にその身をサーフェイスにぶつける。
最早、この勝負互角などではなかった。
本来の力を見せつけたサーフェイスを前にコヨイは圧倒され始めている。その力の差を前に何度立ち向かおうも、無惨にその根性は叩き折られる。
次第に少女の体には焦りが募る。
その焦りが少女の剣捌きを歪ませる。まともな思考も見えなくなり、相手の動き一つ見抜くという戦士として重要な目的さえも抹消してしまう。
ヤケクソ。暗中模索。
ただ、闇雲に剣を振り回しているコヨイ。その姿は素人としても恥ずかしく、ただのごっこ遊びをしている子供のように滅茶苦茶だった。
「ああ、全く」
サーフェイスは片手を振り上げる。
「見込み違いだったぜ。チクショウが」
叩き落とす。
自慢の剛腕を刃として振り下ろす。
「……っ」
折れた。
コヨイの特別の刀が、叩き折られた。
「おらっ!」
武器を失い無防備となったコヨイの首をサーフェイスは掴む。
刃は立てていない。彼女の首が斬られることはなかった。
「ぐっ……」
だが、その体格差故に抗う手段もない。締め上げられる首、呼吸が出来ないコヨイは溺れる様にその場でもがき続けている。
「弱いよ、お前……」
サーフェイスの落胆の瞳。
弱い。ただその一言を、少女の心に打ち付けた。
「ま、だ……」
負ける。負けてしまう。
また、負けてしまう。
このままでは負ける。なぜ負ける。
どうして、こんなに無様に負ける。
「終わってない……まだ……」
___弱いからだ。
___自分が弱いからだ。
こんなに弱い女の子、戦士としては未成熟すぎる失敗作。
そんな少女を誰が必要とするというのだ。
怖い。怖い。暗い。暗い。
痛い。痛い。寂しい。寂しい。
少女の世界が真っ黒になっていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コヨイがまだ幼い頃の話だった。
彼女は刀片手に一人で生きるストリートチルドレンの一人だった。貧民街の片隅で良心も持たず、生きるために追いはぎを行う獣のような少女だった。
誰にも愛されず、誰にも悟られず。
周りの人間を忌み嫌い、生き残る事だけを必死に考えて生きた少女だった。
そして、その少女の存在はそれなりに大きいモノになっていった。
この少女、剣捌きは滅茶苦茶であるものの……並大抵の騎士では相手にならないほどの強さを持っていたのである。
次第に少女の保護命令は抹殺命令へと切り替わっていった。
最早、話し合いの余地もない。彼女の存在は魔物と大して変わらない。
騎士に魔法使いは殺意を持って、その少女を追い回していた。
……ずっと一人で生きてきた。
誰からも必要とされず、誰からも頼られず。
一人ぼっちの少女はそんな感情に対して、何一つ恐怖を覚えなかった。
だが、ある日の事だった。
“よぉ、お前が例の辻斬り魔か?”
その男は目の前に現れたのである。
甲冑、というよりは鎧だろうか。変わった見た目の防護服を身に着けていた。
とても飄々とした態度で軽い。騎士というには凄く馬鹿にしているような風貌、結構ガタイのよい優男であった。
少女はその男が何者であれ、牙を剥いた。
それだけの装飾品。売ればかなりの金になる。生きるための資金を手に入れるため、聞く耳持たずでその男に勝負を挑んだのである。
だが。
“おっと、落ち着きなって”
倒せなかった。
その男は如何なる手段を使おうとも倒せなかった。
剣の扱いの差にも……力の差にも徹底的な違いがあった。
“そらよっと”
簡単になぎ倒されてしまった。
とどめは剣ではなく背負い投げ。剣も奪われ、絶体絶命となった少女は力なく戦士を見上げていた。
殺すなら殺せばいい。
どうせ、生きる楽しみもないのだから、早く楽にしてほしいと少女は口にした。
“いいや、駄目だ”
しかし、男はそれを否定した。
生きて罪を償えと言いたいのか。見た目の割には律義な男に吐き気がしそうになる。
“……お前”
しかし、その男が口にしたのは。
“俺のところに来ないか? ここで死ぬの、かなり勿体ないぜ?”
伸ばされたのは、手。
底の見えない沼へと落ちようとしている少女を救いあげようとする男の手であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コヨイは失いかける意識の中で昔の事を思い出す。
救われた少女を助けた騎士は、その少女の面倒を見るといったのである。
当初は数多くの同僚が反対したのは覚えている。その光景は今でも鮮明に残っている。
でも、あの男はずっと少女を庇った。
生きて罪を償わせる。その道を辿らせてあげたい。何せ、辻斬り魔は年増も良い大人ではなく、まだ右左も分からない小さな子供なのだからと。
それから、少女はその男の元で生活し、沢山の事を教えてもらった。
名前もなかった少女は“コヨイ”という名前をも与えられた。
愛おしかった。
初めて知った愛に……少女は愛おしさを覚えていた。
だからこそ、その恩に報いるために最強の剣士を目指していた。
あの剣士のように優れた戦士へ。その期待に応えられる戦士になるために。
かつての罪を償うために……。
だが、それは叶いそうにない。
もうすぐ、この身は敗北によって砕かれる。何処の馬の骨かもわからない普通の魔族の手によって敗北を喫するのだ。
面を汚してしまった。
期待に応えられなかった……その無念だけが、少女に残る。
「ごめん、なさい……」
コヨイはその男に謝った。
男の期待に応えられなかったコヨイの元に、刃が振り下ろされた。
「よく頑張ったな。コヨイ」
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