PAGE.272「氷の女王(後編)」


 ようやく、その傲慢な態度が一瞬だけでもピタリと止まる。

 自慢のドレスは大きく破れ、真っ白い鮮明な肌は爆破の衝撃によって深く傷跡を残してしまう。


 王は脚を地につけることなど許されない。持っていた杖を使い、意地でも立ったままでいる。だが、こんな老人のようにも思える惨めな姿を晒すことが許されるだろうかと、歯がゆい気持ちがクリスモンヅを襲う。


 ……本当だったら、一撃でその身一つ残らず吹っ飛ばすつもりであったのだろう。さすがは地獄の門の一人と口にするだけの事はある。


 “この程度”の爆発ではそう易々と吹っ飛びはしない。


 加減をしたわけではない。可能を無理して出した最大出力ではあった。

 そのうえで魔力膨大の魔族を前にこの程度のダメージ。余裕な表情を浮かべてこそいるが、アタリスは陰で舌打ちの一つでも放ちたいところであった。


 だが、ひとまずは少々の満足を得る。あの鼻っ柱に一矢報いることが出来たのだから。女王の気品も何もかもを失った、あんなにも惨めな顔を晒させたのだから。


「……貴様」


 氷のように固まっていたクリスモンヅは数秒の沈黙を破り振り返る。


「そうまでして、死にたいか……!!」


 その怒髪天は”頂点”に達している。

 氷の闘士を自称する女性らしくクールで鮮明な素振りがそこからは一切残っていないようにも見えた。もうそこには、貴族の面影も何もない。


 アタリスの行動は完全にクリスモンヅの胸に火をつけた。

 無礼を極めたその先、最早許しの域も超えぬ最悪の窮地へと。泣いて謝ろうが、血を足に着けようが、死をもって償わせようが……


 どれをとっても気が済む気配は一切見せない。


「初めてだ、ここまで癇に障った愚民は初めてだ……!!」


 顔に湧き出る皺を抑えようと顔に手を叩きつけるが、その腕にも怒りによって熱の込み上げた血管が浮き出てしまっている。

 杖を握る腕の力も杖を破壊する寸前にまで。地団駄こそ踏まないが、完璧な殺意がその女王の態度からは取って見れた。


「意外と小さいな。地獄の門とやらも」

 怒り狂える女王を前にアタリスは表情を崩さない。

「私が思っていたよりは簡単だな。地獄の門の開封とやらも」

 精霊騎士団が手一つ出せなかった強敵。数千年という戦いの歴史において人類にその脅威を植え付けた悪夢の存在。災厄の象徴。


「まぁ、まだ名も残せぬ“新参”ならば、その程度が限界か」


 そんな魔族もこのような態度を見れば意外と小さいものだ。

 愉悦と余裕、アタリスはクリスモンヅを前に笑みを浮かべ続けている。



「……良いだろう」

 杖に飾られたアクアブルーの巨大な宝石を取り外す。

 片手でそれを持ち上げると、その華奢な体からは想像もできないパワーで粉々に砕いてみせる。


「ならば、その身をもって思い知らせてやろう。私の存在の大きさ」

 粉々の砂になった宝石。粉雪のように美しい真っ青な宝石を頭上に巻き上げる。


「地獄の門の高さをなァッ……!!」

 宝石を体に浴びていく。

 その体が即席で作られた宝石の粉雪によって積もっていく。


 輝きが満ちる。

 吹雪にも似たような、真っ白な輝きが。


 

「……!?」

 揺れる大地。余計に下がっていくマイナスの温度。

 先程とは比べ物にならない冷気。そして、クリスモンヅの体内から溢れ出る魔力のベールが冷気となって、あたり一面に猛吹雪を発生させる。


 吹雪によってクリスモンヅの姿は隠れていく。怒り狂った表情は次第にシルエットのみとなり視認できなくなる。



 何か聞こえる。音が聞こえる。

 氷が軋む音。あたり一面の生命を一瞬で死滅させる大寒波の中心で、崖崩れでも起きたような音が響いてくる。



「……そう簡単には超えさせてはくれないか」

 地獄の門の高さ。

 アタリスはその存在を前に微かに笑みが崩れてしまう。


 猛吹雪の中で見えるシルエット。

 “巨大な玉座に腰掛けた女王”を思わせる影が吹雪の中から姿を現してきた。

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