PAGE.273「終わりのないラウンド」
見事、反撃によって巨大な番犬を討伐してみせた。
ロアドの愛馬、もとい愛竜であるロアドは主人を守る一心で咄嗟の反撃。主人に牙を剥く一方で隙だらけになってしまった番犬は致命傷を受け、人形のように一片たりとも動かなくなっていた。
痙攣一つ見せない。完全に息絶えた事を告げていた。
「グラム! 大丈夫!?」
しかし、致命傷を負っているのはグラムも一緒だった。
急所を何か所も狙われたのだ。その上で無理のある動きを取った故に体が悲鳴を上げている。ドラゴンの口からは人間のような呻き声すら聞こえてくる。
立ち上がる事さえも困難な状況であった。
「……おい、ふざけんなよ」
番犬の飼い主、ィユーは倒れてしまった番犬を前に舌打ちをする。
それは誰に向けられたものなのかは分からない。愛犬を殺したドラゴンとその騎手に向けて撃たれたものなのか、それとも自身の顔に泥を塗った駄犬に向けて放たれたものなのか。
或いはその両方か。
だが、今確実にわかることは一つ。
「何処まで私を怒らせたら気が済むんだよ? おい?」
ドラゴン、そしてドラゴンライダーに向けての殺気。
見せられたのは人間と魔物であるはずの生物の間で生まれた絆。魔族からすれば理解に苦しむ悪夢な光景に対して、この上ない苛立ちを覚えているようだった。
魔族の誇りはないのか。魔族としてのプライドはないのか。
その自分勝手な思想にィユーは歯ぎしりを繰り返す。
「……ブッ切れた」
ィユーは目を見開く。
「お前らの絆、微塵も残らず噛み砕いてやる……!」
“変化していく”。
“ィユーの少女の風貌が……魔物のように醜い化け物へと変貌していく”。
それは魔族としての本来の姿だ。
人間の姿に化けているときはその素性を隠す時、そして本来の力を隠しキープするための隠れ蓑のようなものだ。
かつて、アタリスの館に現れたランスを思い出してくれれば簡単だ。
怒りのあまり見せてきた姿。魔族としてのプライドの象徴である本来の姿。
「くはぁあっ……っ」
大地に四つん這いになると、ィユーの姿は次第に肥大化していく。
顔つきも狼のように鋭い目つきに鋭い牙。体からも人間の皮膚とはかけ離れた獣臭い皮膚へと変化していく。
尻尾まで生えてくる。数メートルほどの長い尻尾が計五本。
巨大な狼。人間の肉を食いちぎる巨大なウェアウルフ。
ィユーの本来の姿。
人間の言葉一つ発せなくなっている。本来の姿となったィユーはその場で遠吠えを続けている。
『______。_____。』
何と言っているか分からないが、心なしかこう言ってるように聞こえた。
“ぶっ殺す。必ず殺す”と。
彼女自身には戦闘能力がないと思っていたロアドは戦慄する。
グラムの体力もほとんど残っていない……こんな状況であの化け物を相手にすることに絶望を抱いていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山道から大きく離れた地では大量の蟲地獄から逃げ回っているアクセルの姿が。
何はともあれ、攻撃は次々と回避を繰り返し、隙を見て反撃も繰り返している。
翻弄は出来ていた。
あのゲッタという男の体内にどれだけの蟲が潜んでいるかは分からないが、こちらの体力が残る限りストックを減らし続ければチャンスはある。
無尽蔵はあり得ない。きっと、そのストックには限界があるはずだ。
その中身が空っぽになるまでアクセルは回避を続けていた。
「面倒だな」
体内から次々と蟲を出し続けるゲッタは次第に面倒を覚えていく。
「蟲みたいに面倒だ……」
その言葉はブーメランのように思える。いや、確実にブーメランだ。
ゲッタは空を蚊のように飛び回るアクセルを前に両手を上げる。
「ああ、面倒だ。もういい、“食んでやる”」
誰もゲッタのローブの中身を見たことがないという。
その体は蟲を買っているのか分からない。常にそのローブの中から数匹の蟲を呼び出しては餌を食べさせたりと可愛がっている。結構な蟲マニアであったとアルカドアでは噂されていた。
そのローブの中はどうなっているのか。
その正体を……ゲッタはついにむき出しにする。
最早隠す理由もない。ゲッタは両手を上げると袖が捲れ、その両腕が姿を現す。
「……!?」
アクセルはその両腕を前に困惑する。
「見せてやるよ。久々にな」
まるで羽蟲の足だ。そんな気色の悪い足の先端に人間の義手が取り付けられているだけ。足には数枚の羽根がこびりつき震えている。
ゲッタのローブの背中が大きく破れる。
巨大な蜘蛛を連想する足が六本。その後ろにはトンボをイメージする更に巨大な四枚羽が飛び出してくる。
「骨一つ残らず、蝕んでやるぞ……!!」
次第にその本来の姿を現していく。
隠れ蓑の中に隠れていた姿……常に隠していたその姿。
ローブは膨張するゲッタの肉体に耐え切れず、破れ散る。
巨大な蟲。
魔族としての姿を現したゲッタ。どれだけの蟲を飼っているのか、チャックのついた大きな膨れ腹を持った蟲の王としての姿を露見させた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「楽しいな」
コヨイとサーフェイスの戦いは続く。
勝負は互角。地獄の門を相手には手も足も出なかったコヨイであるが、この程度の実力の魔族を前にすれば数本遅れることもない。
「ああ、楽しい……だが」
人間はスタミナに限界がある。
しかし、その問題はコヨイにはない。ホウセンによって鍛え上げられたその肉体はモノの数時間程度暴れまわっただけでは疲労など覚えない。
「やっぱり若いな。お前」
なら、何にサーフェイスは問題を抱えているというのか。
その理由はただ一つ。
“剣に別の感情が乗りすぎている”。
闘争本能。剥き出しの欲望を剣に乗せることは別に構わない。頭の中のアドレナリンやドーパミンをマグマのように煮立てるほど、その剣も切れ味を自然と増していく。
感情を研ぎ澄ますことで磨き上げる剣とはまた違う魅力が溢れ出る。
しかし、この少女にはそんな闘争本能を妨げる“異物”が混じっていた。
それは、“焦り”だ。
倒さなくてはならない。その義務感が少女の闘争本能に微かな阻害を生じている。
それに対し、サーフェイスは落胆していた。
腕が良いのにその粗末。せっかくの楽しみも冷めてしまうというモノ。
「……まあ、いいか。せっかくの死合だ。そんなくだらない事考えている方が勿体ないか」
両腕に力を籠め、その大地を踏ん張る。
「壊れてくれるなよ……俺の全力にな!」
肉体が肥大化していく。更なる硬化を遂げていく。
背中に生えるのは数本の剣。その両腕にも鱗のように刃が生い茂っていく。
刃のように鋭い牙、サーフェイスも残りの魔族と同様に魔物としての姿を現していく。
「どれだけ姿を変えようと……!」
コヨイは肉体が変化する前に刀を突きつけた。
「……あーあ、やっぱり」
コヨイ渾身の一撃は片手で押さえつけられる。
動かない。引っ込めようとしてもその刀はサーフェイスの腕からは離れない。
「ガキだな。お前」
焦りを見せた為に、せっかくの刀捌きも台無し。焦りを募らせた為に正常な判断も何処か歪みを覚えてしまった。
そういう暑さはダメだ。
サーフェイスは体の何処かで落胆を覚え、もう片方の握りこぶしを作る。
「……ッ!!」
少女の腹に抉り込んだ一撃。
コヨイの体が弧を描いて吹っ飛んで行った。
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