PAGE.270「思春期死合(その4)」


 鉄の音は甲高く重い。

 聞けば聞くほどその身が錆びつくように凍っていく。固まるというよりは、引き締まるという表現の方が正しいだろうか。


 同時に、その音は感覚を狂わせていく。

 頭に反響する音色は引き締まる体。その内側に籠っている熱意が理性という皮膚をボロボロに溶かしていく。


「おいおいっ」

 魔族の男、サーフェイスは刀のように鋭い腕を振り回しながらも唸る。

「どういうこったい、コレは」

 サーフェイスは正面からの喧嘩を好んでいた。

 喧嘩さえ出来れば相手は誰だっていい。魔族の敵である人間は勿論、同じくして正面からの喧嘩を良しとする魔族を相手にも幾度となく刃を振るった。


 その刃はサーフェイス本人がカウントしただけでも数百は超えている。この数年でどれだけの生温さを体験したものかと落胆している。


「……こうも少女は喧嘩が得意なこった」


 だが、その落胆が次第に快感へと切り替わろうとしていた。

 口から漏れる唸りはその証拠だ。冷め切っていた体が徐々にほぐれていくこの感じ。意識も蒸発しそうな熱さが次第に体へ興奮を呼び覚ます。


「そいつは我流か? それとも師の一人でもいるのか……まあどちらでもいいか」

 聞こえる。聞こえる。何度も聞こえる鉄の音。

 それはサーフェイスにとっては鞭。この上なくこみ上げる情熱の鞭。


「強ければなぁ……人間が相手なら尚よしのことだ」

 両手の拳を鳴らす。

 刃のように鋭く、鉄のように固い両腕であっても所詮は生の腕。拳をならせば骨の成る音がその一片に透き通る。


 この骨の音が好ましい。締め切った体がまた燃え上がる。


「まだまだ、行けるか? 人間?」

 少女に問う。

 精霊騎士団所属の騎士によって鍛え上げられた自慢の弟子。喧嘩上等強敵万来御礼の戦馬鹿の剣士・コヨイの耳に突き通る。


「むしろ、これからでしょう。魔族」

「最高だな!!」

 二人は今も尚、疲労の音を一つも上げやしない。

 二人の顔は無意識のうちか、“笑顔”のように思える。


 その笑顔は緩んでいるというよりは引きつっている。和やかというよりはあまりにも狂っている。笑顔の度が増せば増すほどに、その顔は鬼のように鋭く笑みを浮かべていく。


「そらぁっ!」

 サーフェイスの左腕がコヨイの右肩を掠る。

 血の飛沫が雨のようにその地を濡らす。



 ……濡れた大地を踏みしめ、コヨイは傷の痛みに怯むことはおろか、恐怖におびえて身を一度後ろへ竦む様子さえも微塵に見せない。


 むしろ、踏み込んでいく。

 また一歩、その狂気へ身を浸りたいばかりに前進する。


「ええ、これからですよ。私はきっと、そしてこれからも」


 裂いた。

 サーフェイスの右肩を容赦なく引き裂いてみせた。


「おっと」

 その一撃にはサーフェイスも一瞬だが身を怯ませる。

 距離を一度取り、返り血を浴びたコヨイを前に思わず苦笑いを浮かべている。


「あなたを、倒してみせましょう」

 コヨイは刀を向ける。

 逃げも隠れもしない。正面からかかってこいと言わんばかりにだ。



「強いなぁ、人間。今まで会ってきた子供の中ではダントツで強いぞ、お前」

 胸の出血が落ち着いたところで再び前へ出る。

 止血はしない。溢れる血がより一層冷え切っていた体を暖める良いエンジンになる。その闘争本能を更に掻き立てるべく、サーフェイスは両腕を振り上げた。


「だが……!」

 剛腕。かくして強靭。

 鋭い刃を鎌のように少女へと振り下ろした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 山頂近く。魔法世界クロヌスへと開かれた魔族界ゲートの位置口まですぐ間近。

 ラチェットとは別のルート。俗にいうショートカットとやらを使っていたアタリスの前に現れたのは“地獄の門”を名乗るドレスの女性。


 その態度は酷く傲慢で尊大。その気配は今までの魔族と比べ膨大。

 祭りの気配にアタリスはいてもたってもいられなくなった。それでいて、友を前に進めるべく心をも手にその地へと赴いた。


 氷の闘士・クリスモンヅ。

 突如現れたその姿はアタリスの瞳により具現したマグマの間欠泉によって消えていく。数千を超える爆熱にその身は跡形もなく包まれていく。


「……ほほう」

 間髪入れずに最大火力一歩手前の御挨拶。

 アタリスは噴き出るマグマを前に思わず声を上げていた。


 喜び、それでいて意外。

 瞳は真っ赤なまま、前に口を緩ませる。



「その程度で妾を焼けると思ったか。半魔族風情が」

 熱気の波動の中、涼しい顔で歩いてくるクリスモンヅ。

 氷の闘士を呼ばれているだけの事はある。挨拶程度の炎ではその身を溶かすことはおろか、汗一つ流す事さえも至らない。


 その上、クリスモンヅは魔族の中でも上の立場である存在からか、アタリスが普通の人間ではない事さえも瞬時に見抜いていた。

 魔族にも近い存在を感じる魔力……そのような魔力を胸に秘める存在はこの世にて半魔族以外に他はない。


「とことん、マナーのなっていない子供だな」

「……マナーのなっていない、か」


 アタリスは子供という言葉には反応しない。

 別の言葉に対し、一瞬だが眉を揺らした気配を見せる。


「何の挨拶もなしに友を攫った貴様たちに言えた義理ではないだろうな」


「攫ったのではない、“連れ戻した”のだ」


 クリスモンヅは杖を片手に訂正する。


「あの少女は本来我々のものである、らしいからな。そして、何れ来る魔族の復活を約束してくれた我が魔王の意思を次いでくれるお方とのことだ……脆弱な人間に半魔族が触れていい存在ではない」

 宝石のよう、そして氷のように美しく綺麗な爪。体に纏われる冷気はまるでマグマを背にしても液と消えることなく輝き続けている。


 焼きただれることのない白く透き通った美しい肌。

 その一片である片腕の指先をアタリスへと向ける。


「ましてや、私自身に対してもだ……お前達人間が気軽に口を挟んでいい存在ではないことを思い知れ」


 宝石をかたどったティアラに杖。そしてドレス。 


「童は、“女王”であるぞ」


 その姿は一国の王妃にも思える。喋り方も貴族というには礼儀正しさに微かなズレがあり、下からいるのではなく明らかに上からモノを申すその態度。


 クリスモンヅの姿を前に、アタリスはひとまず目を擦る。


「……そのものいい、魔族の一国の女王。或いは王妃か……まあ、どちらでもよい」

 擦った目を見開く。


「踊ってもらおうか」


 より情熱的に、より真紅に。

 マグマよりも濃厚な赤を込めた瞳を再びクリスモンヅへと向ける。


「やはりマナーがなっていないのは、お前の方だ」

 前方の地面から再びマグマが顔を出す。

 今度は彼女の足元から噴き出たものではなく。前方から津波のようにクリスモンヅの体を再び飲み込まんと雪崩れ込ませる。


「人に指を向けるものではないと教わっていないものか!」

 飲み込まれるクリスモンヅ。マグマの湖と化し始めている大地の上を何事もない表情で佇んでいるアタリスは高らかに叫ぶ。



「その必要はない」

 アタリスと同様。マグマの湖の上に足を置くクリスモンヅの姿。

「私にはその資格がある」

 マグマを下からも上からも浴びようと、真っ白なまま鮮明なクリスモンヅも、高らかにアタリスの無礼を謳った。

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