PAGE.261「レディ・エンズ・ウォーター(前編)」


 王都の存亡は刻一刻を争う状況となっていた。

 徐々に水の量が彼女を中心に増えていく。無尽蔵に増え続ける水流は瞬く間に王都の街を飲み込み始めている。


「くそっ!」

「ここまでか!?」

 騎士のほとんどが安全圏へと逃げようとするが手遅れ。

 水の魔の手はあっという間に騎士達に迫る。高台に逃げる余裕すらも許しはしなかった。


「狼狽えるな!」

 騎士達の行く手に現れる。

 王都の危機へと立ち向かう精霊騎士が一人……その名はクレマーティ。

「……やぁっ!」

 クレマーティは自身の操る剣を迫りくる水流に向かって振り上げる。


 “蒼いイナズマ”。

 すれ違いざま。水流に向かって、一陣の電流が迸る。


「これ以上は王都を汚染させるわけには行かない……ここで散れ! 邪悪な魔力よ!」


 飲み込まれていく。放たれた電流は獲物に蛇が巻き付く様に、次第に濁流全てに溢れ流れるように透き通っていく。


 “蒸発”。

 生み出されていく水、少なくとも騎士達が逃げ惑う周辺地域を飲み込む水はその一振りで見事蒸散させてしまう。


「今のうちに逃げなさい! ここは我々が!」

 クレマーティは剣を大地に突き刺す。

 

 ……“雷雲”だ。

 大地に刺された剣の柄から霧のように思える雷雲が現れる。


 それは一種の結界魔術だった。

 雷の精霊の力を受け継ぐ騎士・クレマーティだからこそ出来る高レベルの結界魔術。その大地、雷雲に近寄る生き物は息をすることもなく“感電”して消えてなくなってしまう。


 発動主であるクレマーティがその結界にて滅びることはない。

 騎士達の退路は雷雲の結界によって守られる。迫りくるほとんどの水流が電流に飲み込まれ消えていく。


 まさに水をせき止めるダムのようなもの。そこからは雪崩ように畳み込んでくる水流を一滴たりとも、避難民と騎士達の待つ最後の砦に通しはしなかった。


(厄介ですね、これは……)

 普段は曲者揃いの精霊騎士団のメンツの参謀として立ち回るクレマーティが前線に出てこなければいけない事態。その理由は様々だ。


 まず、表に出られる精霊騎士団の数が限られている事だ。

 サイネリアとホウセンは魔王の依り代との戦闘により負傷、イベルも移動中の魔王の依り代を追ってこの王都には不在。


 今動けるのはブリッジより異常を聞きつけて移動中のプラテナスとディジー。そして行方の掴めないフリジオに、ファルザローブ王の避難を行っている騎士団長ルードヴェキラとエーデルワイスの数名のみ。


 行動が制限されている輩が多すぎる。その為にクレマーティは出撃せざるを得ない。

 仮にその理由でなくても、今は王都の危機を揺るがす緊急事態。例え人数不足であったとしても、この場に現れない理由はなかった。


「やぁ、苦戦してるね。クレマーティ」

 結界から離れた地点にてフリジオが声をかける。レンガつくりの屋根の上、自分だけ水流から逃げるように高台から高みの見物をしているようだった。


「フリジオ……何処をほっつき回っていた!!」

「ごめん。こっちも色々あってね……それより、とんでもないヤツが現れたものだね」

 他人事のようにフリジオは少女を眺めている。


 二人とも、水流の原因があの少女であることは予測している。どうにかして、あの少女を止めることが出来れば、王都の進軍を阻止することが出来るかもしれない。


「ええ、仕留めることが出来れば、名誉の一つは得られる相手かと思いますが?」

 フリジオを掻き立てるには十分すぎる殺し文句であった。

 あの魔物を止めさえすれば、この王都の未曽有の危機を乗り越えることが出来る。それだけの記録を残してしまえば、彼の言う英雄への道が一気に進むことになるだろう。


 そんな美味いな話、フリジオが当然のらないはずもない。


「では試しに……!」

 魔族相手にかなりの効き目を誇る聖水付きのナイフを数本少女に向かって投げつける。



「____ !!」

 だが、届かない。


 飛距離、そして投げる際の腕力共に問題はなかった。


 届かなった理由はただ一つ。それは”少女の周りで荒れ狂う水流の竜巻”だ。

 まるで手足のように少女を守っている。あれだけの数の騎士団が少女を撃つのに時間がかかりすぎているのも、あの天災レベルの防御網が原因だった。


 あの竜巻は恐らく少女の意思で動いている。現に彼女はフリジオが飛ばしたナイフに反応した後に動かした。


「参ったね。これはどうしたものか……やっぱり、騎士団長様を呼ぶかい?」

「それはダメだ!」

 クレマーティはフリジオの意見を強く否定する。

「あのお方の力は……“こんなところ”で使わせるべきではない! 第一、彼女は!」

「でも贅沢を言ってられる場合じゃないと思うよ」

「くっ……!」


 あまりにも歯がゆい想いを、クレマーティは浮かべる。


 こうしている間にも王都は水流によって飲み込まれていく。

 こうしている間にも……魔王の依り代をより遠くへ逃がしてしまう。


 この相手をどうにかするには切り札が必要だ。

 ……だが、クレマーティはそのカードを切るにはまだ早すぎると否定する。どれだけ絶望的な状況であろうと、ギリギリまで精霊騎士団の力を持って防ぐべきだと意思を貫く。


 雷雲の結界をより強く。

 うまく少女の懐に飛び込めれば、チャンスはある。


「いざ……!」

 命がけの突入をクレマーティは試みた。


「む?」

 そんな中、同族の特効よりも気になるモノが目に入ってしまう。


「フローラ……フローラッ!!」


 飲み込まれていく民家。

 そんな地獄の風景の中……屋根の上を伝い、自ら竜巻へと身を寄せる“ルノア”の姿があった。

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