PAGE.260「最低最悪の日、一世一代の崩壊」


 黒い炎。

 街を焼き払う漆黒の景色。


 胸に焼き付いたその風景。


 頭から離れない……あの悪魔の姿。



 迫る。迫る。

 悪魔の腕が、頭上に振り下ろされる。



 ……悪魔の顔。

 人を殺す悪魔の顔。


 無感情に無差別な殺しを楽しむだけの悪魔。

 だが、その悪魔の表情は……何処か悲しげで、何処か儚げで。


 泣いていた。

 その悪魔は……ずっと泣いていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「はっ……!?」

 ルノアは漆黒の夢から目を覚ます。

 あたりの風景は一風変わって真っ白な風景へと変わっている。ベッド、壁、そして天井。微かに匂う薬の匂い。


 王都の医療施設だ。

 黒い炎の騒動に直面していたことは覚えている。そこからの記憶が残っていないが、この施設に送り込まれたという事は……。


 ルノアは微かな頭痛に頭を抑える。

 先程の夢。気を失う前に目に入った黒い景色。微かに痛む脳裏の中でその時の記憶が徐々に鮮明となっていく。


「……コーテナちゃん!?」

 思い出す。

「それにあの子も、何処に……!?」

 迷子の少女。そして人間とは思えない姿に変貌してしまったコーテナ。

 あの後どうなってしまったのか。気を失っている間に何が起きたというのか。寝ている暇はないとベッドから慌てて起き上がる。


 呼吸の速度もいつもと変わらず安定している。眩暈や吐き気もなく、頭痛も起きてすぐに感じただけで意識が覚醒すれば吹っ飛んだ。


 大した傷は負っていない。体は万全な状態であることを確認する。


「……えっ?」

 体の調子も意識も問題なし。

 だが、その一方で目の前の景色に何か違和感があることを覚える。


 建物が強く揺れている。外から聞いたこともない轟音がずっと鳴り響いている。


「これって、」

 不穏に思ったルノアは窓の外を眺めた。

「……!?」

 そこには黒い炎はない。


 だが、今度は“潤い一つ感じない汚水の水流”が王都の街を飲み込み始めている。

次第に水の量は増え続け、竜巻と共に王都の建物を次々と飲み込み始めている。


「一体、なにがっ……!?」

 何が起こっているのかは分からない。

 だが、やらなければいけないことは本能でわかる。


逃げなくてはならない。体はそう告げている。


「……っ」


 だが、その一方でコーテナと少女の事が頭の中でチラついて離れようとしない。


 何処へ行ってしまったのか。あの後、何が起きたのか。今すぐにでも調べたい。

 だけどここへ長居をしてしまえば……あの謎の濁流に病院ごと飲み込まれてしまうのだ。


「あれ……?」

 ルノアの目に入る。


 王都を包む災厄。立ち込める水流の真ん中に見える人影。

 最初こそ見間違いだと思った。そんなところに人がいるわけがないと思った……だが、そこに人はいる。しかもその人物は小さな子供である。


 聴力のほかにも視力が良いのがルノアの数少ない自慢だ。その視力を駆使して、その人物が誰なのか目を凝らして確認する。


「あの子は……!?」

 改めて見間違いだと思った。

 こればかりは何度も見直した。だが、何度見ても結果は変わらない。


「フローラ……!?」


 あの女の子だ。

 コーテナと一緒に両親を探していた回る手伝いをしてあげた、あの女の子だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 スカルとオボロは騎士団の一般兵と共に玉座の間へと向かっていく。


「お前達はファルザローブ王と騎士団長を避難させてくれ!」

「外は今どうなっているんだ!?」

「精霊騎士団が出陣している! いつまで持つか分からないが……今は王族の避難が最優先だ!」


 ファルザローブ王、そしてこの国の姫君という立場も持つ精霊騎士団団長ルードヴェキラ。

 この二人を今すぐにでもこの城から逃がさなくてはならない。街を襲撃したという謎のモンスターは間違いなく”城”に向けて進軍しているのだという。みすみす逃していては、この城ごとファルザローブ王は飲み込まれてしまう事だろう。


「どこまで逃がせば……」

「城の裏から出て、奥地にある灯台を目指してくれ。それだけの高台に逃がせれば、もしかすればっ」


 王族の身を隠す。何時間稼げればいいか分からない悪あがきではあるが何もしないよりはマシ。精霊騎士団が集結し、その謎の襲撃者を仕留めてくれさえすれば、あとはどうにでも___。


「ワイス! 私も戦線へ……!!」

 

 玉座の間へ到着する。

 するとそこにいたのは……剣を手に何かを訴えるルードヴェキラ。そして、宥める様に彼女と向き合うエーデルワイスの二人の姿。


「団長。とてもじゃありませんが、貴方の手に負える相手ではありません。それに、貴方はまだ”その力”を……」

「戦うことは出来なくても、指示をすることは出来ます! だから……っ!」

「落ち着いてください、姫!!」


 ……慌てふためくルードヴェキラを落ち着かせるように、エーデルワイスは両腕で彼女の肩を押さえつける。これ以上先をしゃべらせないよう、その瞳もナイフのように彼女へと向けられる。


「今の貴方では”足手まとい”です」

「……くそっ!!」


 ルードヴェキラは剣を手にしたまま、足元の赤いカーペットを殴った。


「どうして……こんなにも、私は……!!」



 取り込んでいる最中、だと思うが、そんなことをしている場合ではない。

 エーデルワイスから事情を聴き、ルードヴェキラとファルザローブ王の準備を待つ。二人の準備を終え次第、この城を手放し、一度身を隠してもらうことになる。


「……ラチェット、コーテナ」


 街の様子を聞く限り、相当な事態になっているのは間違いない。


「お前達は、大丈夫なのか……!?」


 二人の無事。

 それだけが、スカルにとって一番の気がかりになっていた。

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