PAGE.252「ブラック センチメンタル」

 聞こえるはずのない騒音に惑わされた。心を。

 コーネリウスの視界が、斜めに傾き始める。


「ぐっ!?」

 片足を斬られた。

 魔法の中でも最上位と言われている光の魔法。光によって構成された刃によって片足の腱とその付近を破壊されてしまう。


「……驚いた」

 コーネリウスはそっと視線を落とす。



「思ったより頑丈だね……私の“友達だった人間”」



「くっ、浅い、か……!」


 歪んでいく意識。

 フェイトは最後の力を振り絞って、コーネリウスに一太刀を浴びせようとした。


 だが、届かなかった。

 彼女の足を破壊するだけでその奇襲は失敗に終わった。


「何故……だ、コーネリ、ウ」

 そのまま少女は意識を失った。片手にそびえたっていた光の剣も徐々に輝きを失い、塵となって消えていく。


「まだ息の根があったのか」


 今も尚、苦しむ様子を見せるエドワード。

 致命傷を受け意識を失ってこそいるが、それでもなお、息を吹き返しているフェイト。



 苦しむ二人の姿に、コーネリウスは背を向ける。。


「……まあいい」

 コーネリウスは片足を引きずりながらもコーテナを連れてその場から去っていく。

 アクセルという少年が風を集めて体を押し出すという魔法を使っていたはずである。それを応用して、致命的に落ちてしまった移動速度を可能な限り高めていく。


 押し出していく。無理やりにでもその肉体を。


「人間の体の限界なんて知れている……手を下すまでもない」


 その場から姿を消していくコーネリウス。


 消えていく視界の中で、薄くなっていく少女の背中。




「待て……待って、く、れ……」


 エドワードはその姿を見て何を口にしたのか……手を伸ばすも、その言葉は彼女に届くことはなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 コーテナが連れ去られてから実に数時間後。

 処刑実行予定時刻。ラチェットは今も尚、部屋に投獄されている。


「……ぐっ」

 処刑予定時刻より数分後に少年はようやく目を覚ます。

 腹が痛む。文字通り手加減なしで殴ってきたスカルのパンチだ。数時間眠った後でも、打撲の跡のように滲むような痛みがある。


「……コーテナ」

 起きてすぐ、頭に過るのはただ一つ。

「コーテナ!?」

 ラチェットは起き上がると、部屋の扉を強く殴りつける。

 だが開かない。部屋の扉はどのような魔法であろうと破壊することは出来ないし、通り抜ける事すらも叶わない。


 王都に属する上級魔法使いたちの手によって固められた結界はそう易々と破壊できない。ましてや、魔法一つ使えない人間風情にどうにかできる状況ではない。


「……こんなもの、ぶっ壊しテ」

 衣服に手を伸ばす。


「!!」

 しかし、本来そこにあるはずのソレはない。

 精霊皇の仮面、そして魔導書……今まで彼を救ってきたアイテムは全て取り上げられていた。


 彼は精霊皇の意思を放棄した。この世界を救い続けた精霊騎士団団長からの直々の頼みも真っ向から拒否した。


 そんな彼が手に持っていい代物ではない。そう勧告されたのだろう。



「……フザケルなッ!!」

 何度も扉を殴る。何度も扉を蹴りあげる。

「出せ! 出しやがれッ!!」

 何度も扉に叫ぶ。何度も扉の向こうに叫ぶ。


「コーテナに何かしてみろ! どうなってもしらねぇゾ……お前ら、オマエラ全員、どうなるから分からねぇゾッ!!」

 両手で殴る。傷ついた体で何度も体当たりをする。

 近くにあるタンスを投げつける。鉄骨で何度も貫こうとする。


 開かない。

 少年の意思は届かない。


「……殺ス」


 少年の意地は扉の向こうに連れていく事を許さない。


「ぶっ殺してやるッ!! お前ら全員殺してやるからナッ!!! これは本気だぞッ! だから出セッ!! コーテナだけは……手を出すんじゃねェーーーッ!!」


 殴る。

 何度も殴る。


 力強く殴る。

 言葉の限り殴る。


 ……次第に力が弱くなる。



「ふざ、けるなヨ……」

 破壊できない扉を前に少年は跪く。

「何が役立たずだヨ……」

 涙が溢れる。とっくに枯れ果てたと思っていた涙。もう流すこともないだろう涙が自然と溢れてしまう。


「役立たずなのは、俺の方じゃネェカ……!!」

 何もできない。

 自分にはどうすることも出来ない。


 少女を助けられたのも、精霊皇の力があったからだ。

 今までどんな佳境にも立ち向かえたのも、精霊皇の力があったからだ。

 こうやって変われたのも……自分の力なんかじゃない。


 ___全ての精霊の力のおかげだ。

 ___魔力も何もない。ましてや夢のない少年である自分には何もない。


 精霊皇の力を取り上げられた自分など最早、ただの抜け殻のような亡霊。

 あれだけの言葉、罵詈雑言を浴びせたのであれば愛想をつかされたにも違いない……力を手に入れて良い気になって、真の無力さに気づけなかった自分にラチェットは反吐を吐きそうになる。


「忘れてたヨ……俺には何もネェ」

 失望を浴びる。かつての自分を思い出す。


「俺なんかが、女の子一人守れるわけガ……」


 絶望の果て。少年の視界は、真っ黒に染まりつつあった。





「久しいな、小僧。息災か?」


 声が聞こえる。

 ラチェットは窓の方を振り向いた。



「見ない間に随分と子供っぽくなったな……その姿、実に愛らしいぞ」

 からかう笑み。見てるだけで癇に障る態度。


 “アタリス”だ。

 結界が張られているはずの部屋の窓を開き、アタリスがそこで愉快に笑っていた。

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