PAGE.251「復活の儀」
目に見えぬ風の刃がフェイトの体を貫いた。
固体化した風で暴れ回るように生暖かい液が飛び散っている。ドリルのように小刻みな刃の集合体は“友人であるはずの少女”の胸を貫いた。
「なっ……!?」
エドワードは言葉を漏らす。
目の前に広がる風景は……何があっても、あり得ないと思っている事。理解しないといけなくても、理解したくない衝撃的な風景。
「コー、ネリウス……?」
最初は気のせいだと思っていた。
だが違う。この感覚、この歯ごたえ……紛れもなく、“自身の体を貫いたのはコーネリウス本人”であることをフェイトは理解してしまう。
「他人の事を見ようとしない。他人の心を覗こうとしない……君の悪い癖だと、私は何度も注意したはずだよ? 結局君も、人間の勝手の社会に飲み込まれたつまらない人間だったのさ」
徐々に広がっていく傷口。小刻みの刃がフェイトの体の中で暴れまわる。
「だから、私の思惑一つ見抜けもしない」
「……ッ!?」
風の刃が解き放たれる。
徹甲弾を身体に撃ち込まれたような感覚だ。フェイトの体は真正面に吹っ飛んでいく。
「なぜ、なぜっ、だ……」
人形のように地面に倒れるフェイト。
「え、何……!?」
突然の出来事にコーテナは戸惑いを見せる。
彼女だけじゃない。処刑場へ連行しようとした騎士達もその衝撃的な風景を前にパニックになっている。
フェイトとコーネリウス。この二人の事は学園だけではなく、騎士団や街の住民たちの間でも有名な仲良しコンビだった。
学園に入学して以来ずっと交流を深めており、あの一匹狼のフェイトが唯一、親交していた同級生の少女。それがコーネリウスだった。
だが、少女は“友人を討った”。
ほんの一瞬の隙、親交が深まってるからこそ出来上がっていた微かな溝に入り込み、学園最強と言われていたその身を絶った。
コーネリウスはその瞬間に。
この上ない“満面の笑み”を浮かべているようだった。
「コーネリウスッ!!」
戸惑う騎士団。慌てる一同。
そんな中、誰よりも先に拳が動いたのはフェイトの許嫁であるエドワードであった。
「おっと」
女性相手だろうと容赦のない殴打をコーネリウスは軽々しく避ける。
「貴様……自分が何をしたのか分かっているのかっ!?」
怒り狂う姿は青春の現れだった。
「許されるか……許されると思っているのか!?」
彼の人生において憧れの存在であり、きっと覆ることのないであろう恋の対象。誰よりも美しく誰よりも可憐、心の底から愛していた少女。
その少女が目の前で討たれたのだ。
しかも相手はよりにもよって、彼女が唯一信頼していた親友のコーネリウス。彼自身もフェイトのただ一人の友達として申し分ない存在だと信頼していた少女だったのだ。
「冗談では済まされないぞ……!!」
「ああ、冗談のつもりはないよ。目の前で起きていること全てが真実だ」
言い逃れはしない。
フェイトを討ったのは己の意思だと表明してみせる。
「……真実、なのか……本当に裏切ったというのか? 俺達を、」
「裏切った?」
コーネリウスは首をかしげながら、エドワードの問いにこたえる。
「そんな酷な真似、人間が一番傷つくことだろう?」
転がるフェイトを横にコーネリウスは淡々と己の意思を伝えていく。
「“敵”だよ。最初から君達のね……愚かな種族の仲間であるものか……新たなる運命に選ばれし、この“私”がね」
元より仲間のつもりはなかった。コーネリウスはそう告げる。
「どういう意味だ……弄んだというのか……!?」
「まあ、その考えた方が一番妥当かな? 純真な人間である君は話がしやすくて本当に助かるよ」
いつもと変わらぬ笑みで、エドワードをからかってくる。
「……貴様ァーッ!!」
エドワードは本を開く。
そこには友への厚意も情も何もない。確実な殺意だけだ。
「許さない……! こんな暴挙、友として許せるはずがない! 許してはいけないッ!!」
「気づいていないのかい?」
両手を指揮棒のように振り回す。
彼女の趣味は音楽鑑賞。数多くのオーケストラを目の当たりにしてきたという少女は騎士団に囲まれている絶体絶命の状況下であろうと、いつもの愉快気な表情を崩さない。
「学園序列一位であるフェイトを討った私だよ?」
指揮棒に見立てた指を大きく天に掲げる。
「“何の仕込みもしていないと思うのかい?”」
「!!」
瞬間、エドワードは風を感じた。
それは秋が近づくにつれ、徐々に顔を出し始めた涼風なのかと感じた。だが、コーネリウスの事をよく知る彼だからこそ、この風を肌に感じて、初めて悪寒を感じられたのだ。
「彼女から離れろッ!!」
「残念。もう遅いよ」
何の仕込みもしていない。そんなことはない。
既に彼女の演奏は幕を閉じていた。
コーネリウスが放った風。
騎士団とエドワードの間に仕込まれていた風が小刻みの刃の集合体と形を変えて騎士団と友のエドワードの体を刻んでいく。
「がはっ……」
瞬時に仕掛けに気付いたエドワードであったが、彼女が口にした通り時すでに遅し。
完全なる回避が間に合う事もなく、体の数か所を切り刻まれ、その地に倒れ込んでしまう。
「こんな、こんな……どうして!」
仲間を切り刻む酷な風景にコーテナが叫ぶ。
「何でこんなことをッ!!」
「魔王様」
コーネリウスは優しくコーテナに問いかける。
「違う……ボクは魔王じゃない! 魔王にはならない!!」
「……貴方は死んではなりません。何故なら貴方は」
そっと耳で呟く。
「魔王としての責務。その運命を全うしなければなりませんので」
まるで催眠術のようだった。
コーテナの体からふっと力が抜けていく。意識もすっ飛んでいく。
軽い眠りについてしまったコーテナはそっと身をコーネリウスに委ねてしまった。子供らしい寝息をかけて。
「可愛らしい」
コーネリウスは少女の寝顔の頬に軽く口づけをする。
少女の体を背負ったコーネリウスは進軍を開始する。この状況が騎士団にバレる前に、この少女をあるべき場所へと連れていくために。
「コー、ネリウス!!」
声が響く。
「!?」
演奏が終わったはずの地にて、聞こえるはずもない声が響く。
コーネリウスはその場から離れる……が、間一髪遅かった。
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