PAGE.250「逆らうコト、許されざる宿命の世界(後編)」
「……ははッ」
口を開く。
重苦しい空気の中でラチェットは不意に口を開く。
「役立たずだナ……あぁ、本当に役立たず……」
笑っている。
呆れ果てたように壊れた笑みを浮かべている。
「何が世界を救う英傑達ダ……何が皆の笑顔を守るために戦う英雄達だヨ……一人の女の子一人救う事すらしようとしないなんテ、とんだ間抜けな連中共だナッ……! 反吐が出るくらいにお笑い種だなッ!?」
「お前……!!」
その言葉は精霊騎士団全員の逆鱗に触れる言葉だった。
無力なのは認める。あの少女を殺すしかない選択を迫った事の不甲斐なさは確かに肯定するしかない。
だが、それを踏まえたうえで決死の判断を行った騎士団長の行いを否定することは許されるはずがない。サイネリアは我慢よりも前に言葉が出てしまう。
「取り消せッ……! 無礼にも程がある……!」
仮面を手に持ったまま、サイネリアはラチェットの胸倉をつかむ。
「間違った事は言ってねぇダロ? 結局コイツらは全部を守れやしネェじゃねぇカ。綺麗事口にしているだけの能無しの役立たず……!」
「いい加減にしろッ!! 人の気も知らないでッ!!」
「お前らが言えた義理かヨッ!?」
例え相手が誰であろうと今のラチェットには理性が途切れかけている。
胸倉をつかむサイネリアの手を乱暴に振りほどく。
「口ではそうはいっても……アイツの事だ、怖いに決まってるダロっ! 人の気も知らないのはどっちだろうナッ!?」
「坊や、落ち着けっ!」
ただ、乱暴な言葉を投げかけるだけのラチェットを落ち着かせようとオボロは叫ぶ。
「……っ」
あまりに痛々しい姿。思春期の少年らしい言葉を前にスカルは目を背ける。
この場にいる全員もラチェットと同じ気持ちだ。
だが、それを許せば……世界の崩壊に手を貸す結果となる。
「綺麗事じゃない……? だったら、言ってみろヨ! 全員が笑顔になれる魔法をッ! 俺が納得するまで、思いつく限りの事を言ってみろッ! なぁッ!? エェッ!?」
あまりにも強引な我儘。
世界中の誰もが許さないであろう、少年の我儘。
「アイツを助けない以外の方法何て……俺にとってはタダの戯言なんだヨ……!!」
誰も返さない。
そんな方法なんてあるはずもない。
「くっ……」
一同は、彼の期待には応えられないと無言でそう返した。
「……ああ、そうかヨ」
ラチェットは背を向ける。
「何処へ行くつもりですか」
「……お前等なんてアテにできるカ。アイツを助けに行ク」
最早、理性も冷静さも何もない。
本能のままにラチェットは体を突き動かしている。
「世界の崩壊に手を貸すつもりですか……!!」
「どうにでもなっちまえばいいッ!!」
ラチェットは牙を立てる。
「あんな女の子一人守らない世界なんて……いらねぇッ!!」
怒りのままに言葉を穿つ。
「アイツが拒まれる世界なら……消えてなくなっちまえばいいッ!! どれだけ邪魔しようと俺はアイツだけは助けるッ! そう約束してるんだ!! アイツを助けて、この世界から……!!」
「……許せ、ラチェット」
拳が入る。
思春期のままに叫ぶ少年の腹を、スカルは勢いよく殴りつける。
「すまねぇッ……!!」
鋼鉄化した体。気を失わせるには丁度のいい威力。
「……こー、テナ……」
ラチェットはそのまま気を失った。
倒れそうになるラチェットの体をスカルはそっと受け止める。
……彼の言葉に応えられない自分の歯痒さに、その不甲斐なさに。
大切な仲間である彼女を殺す選択しか選べなかった自分を呪うようにスカルは唸り続けた。
「彼を部屋へ」
騎士団長はサイネリアに再度指示を送る。
「……処刑は今日までに行います」
静かに玉座を立ち上がり、その場から去っていく。
苦しい声だった。
彼女でさえも、あの少年の叫びには耐えきれないモノがあった。
だが、応えるわけにはいかない。
世界を救う英傑の長として。例え残酷な決断であろうと執行する義務がある。若くしてその義務を背負った苦しみに耐えつつも、騎士団長は騎士団に命令する。
「こんな、こんな、残酷なっ……」
一瞬だけ見せた……我慢ならず見せてしまった騎士団長の苦しい表情は、その場にいた精霊騎士団と王の目にも見えてしまっていた。
「くそっ……クソッ……!」
連れ去られていくラチェットを前に唸る事しか出来ないスカル。
「……行こう」
オボロはそっとスカルに手を伸ばす。
「……」
どうしようもないこの状況。
ただ一人、アタリスは底の掴めぬ表情で、ラチェットの背を見送っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数時間後。監獄塔。
重罪人が収容される場所とはまた別の監獄所。一日限りの収容を目的とした罪人の箱に閉じ込められていたコーテナは、予定の時刻となって外に出される。
腕には重い枷。足にも自由を奪う枷が付けられる。
あまりに重い空気の中、コーテナは数時間ぶりに外の空気に照らされる。
「……」
処刑所へと連行する為にやってきた騎士の面々たち。
その中には、魔王の依り代の可能性であるラチェットの監視を任されていたフェイト達も居合わせていた。
……せめて、この目で結末を見届ける。
仕事を請け負った者の責任として、その願いを口にしたのだ。
「あれ、ラチェットは?」
コーテナはその場にいないラチェットの事を告げる。
「……彼は」
精霊騎士団より、事情は告げられている。
エドワードはあまりにも言いづらい事実に口を捻じ曲げてしまう。
「君の願いに応えられない……それが彼の答えだそうだ」
フェイトが相変わらずの対応で彼女に返答した。
「……うん、そうだよね。ラチェットだもん。ラチェットは優しいから……こんな願い、聞いてくれるわけないよね」
コーテナはここに来ても尚、優しさを見せてしまったラチェットの事を想う。
「ははっ……あはははっ。」
涙が出る。
___せめて、死ぬ前に彼に会いたかった。
その願いが叶わない。その事実にコーテナは涙を浮かべてしまう。
「……くっ」
エドワードでさえも、事情を知ればこの目の前の風景はあまりにも耐えがたい感情が芽生えてしまう。この憤りに拳を握りしめてしまう。
「……」
フェイトはその涙を見ても尚、何も感じない。
魔族の一人が泣いている。世界の脅威が感傷に浸っているだけだと感じるのみだ。
「何も感じないのかい、フェイト」
「私は任務を全うするだけだ……魔族の感傷に浸ることはない」
ついに処刑場への移動が開始する。
「やれやれ……魔族の方が人間より脆いなんて、本当に分からないものだよ」
問いを投げかけたコーネリウスは一同と共に歩き出す。
「……彼女は死ぬべきだと思うかい?」
「当然だ。彼女が生き残れば、世界は滅ぶ。人類にとって脅威なのだから」
「そうかい」
コーネリウスはフェイトの耳元で囁く。
「“でもそれは、人間側の都合だろう”?」
貫く。
「彼女に死なれたら……“私達”は困るんだ」
風の刃。目に見えぬ刃。
「……ッ!!」
コーネリウスの剣が、フェイトの胸を貫いていた。
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