PAGE.249「逆らうコト、許されざる宿命の世界(前編)」


 騎士団長に言い渡されたのはあまりにも無惨な仕事内容。

 何でも屋に対する仕事として言い渡すにしてもそれはあまりに軽い。あまりに軽薄……騎士団長という存在でなければ、騒乱の一つでも起きていた内容だろう。


 彼女が言い渡した内容は……

 “仲間であるはずの友人”を殺してほしいという内容であった。


「……貴方は精霊皇に選ばれた存在。壁画に記された予言通りの出来事が今、こうして連続で起きている……世界は刻一刻を争う状況になっています」

 壁画に記されていた予言の文。

 この世界にまた脅威が訪れる。かつての魔族界戦争に及ぶほどの出来事がこの世界で起きようとしている。


 それを起こす引き金となる“魔王の依り代”となる存在。

 それが……“コーテナ”だ。


 精霊皇はこの街の何処かに魔王の依り代となる存在が既にいると口にしていた。そんな彼が明確な敵意を持って処断をしようとしていた相手。


 その相手は世界全てを崩壊させる黒い炎を纏っていた。

 精霊騎士団でさえも対抗することが出来ない無尽蔵の魔力。かつて見たことのない未知なる脅威……精霊騎士団、そして皇王がその風景を前に確信せざるをえなかった。


 魔王の依り代となる存在。

 それは間違いなく……コーテナだ。


 精霊騎士団のイベルはかつて、コーテナの中に宿る魔力は何処か桁違いな何かを秘めていると口にしていた。

 精霊騎士団のサイネリアも、その少女の魔力と才能には驚いていた。並外れた何かを隠し持っていると口にしていた。


 その正体は……“魔王の魂”だったのだ。

 精霊皇に取りつかれたラチェットと同じような現象が起きていたコーテナ……そこには既にコーテナの意思はなく、ただ本能の赴くままに破壊を繰り返すだけの化身となっていた。


 何故、彼女の身体の中に魔王の魂が宿っているのかは分からない。

 だが今の彼らにその理由を探る時間は残されていない。不完全であったとはいえ、その覚醒の兆しを見てしまった以上……彼女を生かすことは出来ないのだ。


「精霊皇の力を受け継ぎし者の義務として、貴方の手で」

「ふざけるなヨ……」

 やつれ切った表情を浮かべながらも、ラチェットは口を開く。


「出来るわけあるカ……アイツを殺せダト? 無理に決まってるダロ」


 その答えは当然ノーであった。

 出来るはずがない。精霊皇を拒み続けたのもそれが理由だ。


 友達を殺せるはずがない。

 当然、王からの頼みであろうと、ラチェットはそれを否定した。


「……ラチェット君」

 エーデルワイスがそっと彼に声をかける。

「貴方の手で終わらせてほしい。それを願ったのは……“コーテナさん本人”なんです」

「!!」

 その言葉にラチェットは目を見開く。


 嘘だと叫びたかった。騎士団が用意した都合のいい言葉だと言い放とうとした。


 ……だが、あり得ない話ではなかった。

 いくら世界の危機とは言え、そんな都合の良い嘘をつくような連中ではない。精霊騎士団の大半が癖のある人物ではあるが、性根の腐った連中は一人もいないし、真なる意味で礼儀に欠けるような真似をする者もいない。


 そんな騎士団をまとめ上げている一人・エーデルワイスなら尚更だ。


「……コーテナさんは、黒い炎を纏っていた時の意識があったようなのです。ですが、その力に逆らうことは出来ず、ただ壊れていく街を、傷ついていく人たちをその目で見ることしか出来なかった……胸の内にこみ上げる黒い何か、その恐ろしさを悟ったとのことなのです」


 エーデルワイスから告げられた言葉。

 その言葉が本当……それが嘘だとは思えない。


 何故ならば、あのコーテナの言う事だ。

 自分の事よりも他人の事を気遣う、絵に描いたような馬鹿な少女だ。どれだけ自分が傷つこうとも、どれだけ自分が嫌な目に合おうとも……他人を救いたがる馬鹿丸出しの女の子だった。


 何より、彼女は……大切な存在であるはずの人物を傷つけた。

 大切な友達を傷つけた。体の自由を奪われていたとはいえ、重傷を負わせてしまったのだ。


 ……あの事件の後、エーデルワイスの話により、コーテナ本人にも精霊皇の事や魔王の依り代がこの世界の何処かに潜んでいるという話を告げた。


 精霊皇の力を受け継いでいるのがラチェット。彼が魔法を使える理由もそうであるという事実。

 そして、その精霊皇が誰よりも危険視し、抹消を試みた存在がコーテナ……彼女こそが、その魔王の依り代である可能性が高いという事も告げたのだ。


 それが……決定打になったのだろう。

 コーテナもその逃れられようのない力が“魔王の力”かもしれないことを、あの事件で悟った。どうしようもない力を前に、自分という存在の危険さを思い知った。


 それ故に……彼女は願ったのだという。

 それならば、精霊皇の呪縛から彼を解放してほしいと。



 ___実に馬鹿だ。

 彼女らしい返答である……本当に絵に描いたような馬鹿だと噛みしめる。



「貴方が望むのなら今すぐにでも刑を執行します……覚悟が決めれないのなら、私達の手で刑を執行します」

 ラチェットの合否関係なしにコーテナの刑は執行する。

 既に彼女が望んだことだ。この世界に新たなる危機が訪れるその前に……その場にいた全員と本人の意思で、コーテナの処断を行う。


「……選んでください。ラチェット」

 騎士団長から迫られる二つの選択。


 自らの手で友人を殺すのか。

 それとも、それが怖いのなら精霊騎士団に全てを任せるのか。


 この選択ぐらいは本人に任せるべきだろう。

 コーテナがその選択を願ったのなら……尚の事だ。



「……ははッ」


 笑う。嗤う。



「はははっ……あははははははははッ!!」


 少年の理性が、ガラスのように砕け散る音が聞こえた。

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