PAGE.248「選ばれし者たち」
黒い炎による王都襲撃から数日後。
共に王都にて戦火を繰り広げたラチェットとコーテナは王城へと招かれた。
それぞれ別の部屋。扱いこそいいものの、ベッドに水道のみと客人をもてなすにはあまりにも殺風景なこの部屋。まるで牢獄に放り込まれた気分であった。
「……コーテナの奴、大丈夫なのカ」
ラチェットはベッドに寝転がったまま、動こうとしない。
時間をおいて待ってほしいとのことだった。要件のある騎士達の準備ができ次第、この部屋から解放されるのである。
「……」
ラチェットはベッドに寝転がったまま、その横にポツンと置いてある椅子の上に視線を向ける。
仮面。精霊皇の魂が封印されている仮面。
今まで彼が魔法を使えたのは、この仮面の中に隠れていた精霊皇の力を通じるからこそできた芸当だった。そして、あの魔導書にも精霊皇の力が宿っていた。
その為に本人が魔導書の解読を行わなくても発動が可能だった。仮面をつけたことで魔導書の資格を得たと認識されたのである。
……精霊皇。
この世全ての魔族を全て葬るために蘇った精霊の皇。
___討ち滅ぼせ。
___この世全ての悪は、殺さなければならぬ。
「ッ!!」
___魔族は敵だ。この世界を悪に染め上げる存在だ。
___その元凶である魔王を生かしておくなど以ての外だ。消さねばならぬ。
「黙れ……」
___殺せ。あの小娘を殺せ。
___私の力を認めろ……世界を救うために、私を受け入れろ!!
「うるせェッ!!」
___頭に響く声を出すな。
ラチェットはその苛立ちのままに、椅子の上に置いてあった仮面を壁に向かって投げつけた。壊れてしまっても構わないと願うほどの威力で壁に仮面は叩きつけられる。
しかし、仮面は壊れない。
あれから何度も仮面の中の精霊がラチェットに問い詰めてくるのだ。何度も何度も、コーテナを殺せとせがんでくる。
そのたびに何度も仮面を壊そうと目論んだ。
壁に叩きつけても壊れない。何度踏みつけても壊れない。へし折ってやろうかと膝で試みてもその頑丈さに膝を痛めるだけ。
___自分じゃなくてもいいだろうと叫んだりもした。
だが、仮面から返ってくる言葉は……ラチェットでないと駄目という言葉のみ。
「出来るか……」
ラチェットは仮面の置いてあった椅子を片手に床に転がった仮面に迫る。
「出来るわけねぇダロ! この野郎ガッ!!」
持ち上げた椅子を使って何度も仮面を殴りつける。
世界を救った英雄だろうと知った事か。自分勝手な事を何度も何度も頭の中で喚くな。やりたくもない事を抜かすな。嫌だと分かっているのにそちらの正義感を勝手に押し付けるな。
___大切なものを壊せとほざくな。
___かけがえのない存在を滅ぼせと何度も囁くな。
___この世界で……自分の世界に輝けるあの存在を殺せとさえずるな。
仮面は何度椅子で殴りつけようと、壊れるどころかヒビすら入る予兆を見せない。
むしろヒビが入るのは椅子の方。殴りつけるたびに椅子が壊れていく、その反動で筋肉痛にも近い打撲が両手に見舞われていく。
粉々になった椅子の破片を拾っては仮面を殴りつける。その破片すらも使い物にならなくなったら拳で殴りつけるだけ。
壊れない。精霊の主は壊れない。
頭の中でひたすらに囁くこの存在を消す事なんて敵わない。
「落ち着け」
何も聞こえない。
この囁きのおかげで狂い果てかける精神の赴くままに、仮面の破壊を試みる。
「落ち着けって言ってるだろ!」
意識を失いかけていたラチェットはその場で殴られる。
……そこでようやく、ラチェットは意識を取り戻した。
サイネリアだ。
何処か歯痒い表情を浮かべながら、拳を抑えている……精神的に追いやられる相手を前に拳をぶつける、騎士というにはあまりにも配慮の欠けた行動をとったことにサイネリアは歯を食いしばっている。
「時間だ。一緒に来い」
サイネリアはそっと手を伸ばす。
「……仮面は私が持っておいてやる。その方がお前も気が楽だろ」
彼女なりの気遣いを見せる。
サイネリアは彼を呼び出す時間が来るまでずっと部屋の外にいたのだ。
思いもしない運命に呟かれる日々。そして友達に会えない時間がより彼の心を苦しめる。
そんな想像もできない苦しみを理解していたからこその配慮だった。
「……わかった」
サイネリアの手は握らない。ラチェットは自力で立ち上がる。
仮面をサイネリアに手渡すと、二人は皇王ルードヴェキラと精霊騎士団の一同が待つ“玉座の間”へと向かうことになった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
玉座の間へ到着する。
「あっ……」
玉座の間に到着すると、聞き慣れた声がラチェットの耳に入る。
何でも屋スカルの一同。
コーテナ以外の三人が気まずそうな表情でラチェットの顔を見つめている。
そして、それはあまりにも気の毒そうで、見ていられないと言いたいばかりの顔だった。
あまりにもやつれ切った少年の顔。ドライでありながらも、何処か意地を張っている別の意味で元気な表情がそこから消えてなくなっている事に痛々しさを感じたのだ。
「大丈夫かい?」
「……問題ナイ」
オボロからの言葉にはいつも通りの返事。態度はいつも通りだ。
いつにも増して、その声には覇気が消えてなくなっていたが。
「……」
アタリスの表情も、いつの増して険しい顔を浮かべていた。
それは一体どのような感情を表しているのだろうか……その顔は怒りなのか、それとも哀しみなのか。人間なんかではきっと理解できない感情を浮かべているのだと思う。
「来てくれましたか」
玉座にはルードヴェキラが姫君として腰かけている。
いつもの対応とも違う。この王都の主の一人として、ラチェットと向き合っている。
「ラチェット君、そして精霊皇」
やつれ切った少年。そしてサイネリアの手にある仮面。
精霊皇から返事が来ることはない。だが、この世界を救った神様の一人として、しっかりと仮面の姿であろうと礼儀を返す。
「まずはありがとうございました。貴方達のおかげで、王都の被害は最小限に収まりました」
最小限。あれだけの被害でも最小限なのだ。
精霊皇の力がなければ、王都はもっと悲惨な状況になっていたと告げる。
「貴方達には盛大なる感謝を」
「騎士団長」
仮面を手に取るサイネリアは歯痒い表情でルードヴェキラへ目を向ける。
「無礼を承知での発言をお許しを……ルゥ、前口上は、いらねぇと思う」
仮面を握る手が徐々に強まっていく。
「逆撫でするだけだ……だから、単刀直入に事を告げるべきだと存じ上げます」
頭を下げ、その無礼を謝罪する。
しかし、この言葉だけはどうか聞いてほしい。一人の騎士として、今の彼女に出来る最大の配慮をここに証明した。
「……わかりました」
ルードヴェキラはその配慮に応える。
「ラチェット君。貴方に……命を告げます」
重い空気の中、そのプレッシャーに歯を噛みしめ、皇王は事を告げた。
「魔王の子……“コーテナ”を、処刑してください」
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