PAGE.247「黒に染まる街」


 ……地下牢獄。

 ファルザローブの監獄施設は他の街と比べ、厳重な管理下にて重罪人質を収容している。この牢獄施設に投下された大半が半永久的に投獄を余儀なくされた者達である。


「……」

 牢獄施設に投下された一人の老人。

 ウィグマ。アルカドアに所属していた研究員の一人であったが、王都でも御法度とされている“王都内での魔物の研究”に手を出したに飽き足らず、魔物の力を自身の体に組み込むことで新たなる種族として生まれ変わるという禁忌にまで手を染めてしまった哀れな男。


 王都ファルザローブに属する住民達全てを自身と同じにし、事実上の支配を目論んでいたも……想定外の襲撃と復讐劇により、その計画は打破されてしまう。数十年という長い年月をかけた老人の妄執は、若者達の怒りによって全てを奪われたのだ。


 その後、ウィグマは懲役で言えば五百年近くの投獄を言い渡された。言い方を変えれば、余年全てをこの牢獄で過ごす事、人生の全てを反省へと回すよう判決を下されたのだ。何かの手違いで懲役年数が下げられることになろうとも、もうこの場所から外へ放り出されることは絶対にありえない。


 この牢獄には当然魔力を封じ込める結界が張られている。牢獄自体にも特殊な魔力が込められており、触れるものなら見えない何かに押し飛ばされるのみ。

 それどころか、彼の肉体は特殊な拘束具によって自由を奪われていた。両手両足もミノムシのように固められ、唯一許されたのは呼吸と瞬きのみ。晒し首にも近い形で顔を出しているその表情は、過度な研究による無理と、その全てを奪われたが故の喪失感でやつれ切っている。


 抵抗は無意味。最初こそ、今も尚、魔人と化したままの体を使って牢獄の脱出を試みたが……失敗を繰り返した。


 拘束具を破ることは出来ない。それどころか、上乗せで用意された超重結界。外からの助けがない限り、内側からの脱出は絶対に不可能の領域。


 結果、ウィグマは数千の失敗を得て、ついに心が折れた。この深い闇の中で永遠を過ごすことを受け入れたのである……計算高い男はこれだけの絶望を見せられれば、確率論的な意味でも答えを見いだせず、諦める以外の択を捨てたのだ。


「……む」

 全てを諦めたウィグマ。

 そんな彼の前に……何者かが現れる。



 ペタリ。ペタリ。

 凍えるような石造りの空間に、たった一人、素足の少女が奥の牢獄へと近寄ってくる。


 こんな場所、本来であれば、ここに現れるのはあり得ない存在。

 地下牢獄を監視する大量の騎士の包囲網をくぐった人物は、ウィグマの閉じ込められた牢獄の前で立ち止まると、晒し首である彼の萎れきった瞳へと視線を向ける。



 ワンピース姿。身長は非常に小柄。


「子供、だと……?」

 ウィグマはその人物を前に驚愕する。

 この牢獄施設には余ほどの重罪人か、この施設を任されるほどの腕ある騎士しか足を踏み入れることが許されていない。ましてや、どれだけ権力のある存在であろうが、子供がこんな施設に入れるわけがない。


 その子供は少女。幼い割には体の発達があまりにも不安定さを見せる謎の少女。

 アンバランスな見た目があまりに視線を釘付けにしてしまう、印象深い少女が、これといった表情を見せることなく老人を見つめ続けている。


 子供らしい好奇心もない。

 かといって、何かしらの殺気を浮かべているわけでもない。


 その少女の表情には……“感情と思えるもの”は何もない。

 見た目そのものが、感情という概念すら知らない不気味な気配を漂わせている。


「な、なんだ……!?」

 途端、ウィグマはその少女を前に怯え始める。


 隅っこへ。とにかく隅っこへ。

 蛇に睨まれたカエルのような表情を浮かべながら、石造りの壁へとすり寄っていく。これ以上逃げることは出来ないとわかっていても、その壁が壊れてくれないかと必死の願いで背中を頑丈な壁に擦り付けている。


「ま、待て! くるなっ!」


 相手は右も左も分からないような女性だ。しかし、そんな小さな存在を前に怯える魔人。過去人生において、全盛期ともいえる力を身に着けた老人にとってはちっぽけな標的でしかない少女に恐怖を抱き続けている。


「待て、待ってくれ! 待てっ! これはなんだ!? 」

 問い続ける。この疑問に応えてくれと必死に少女へ願う。

 あまりにも異様な光景だった。生の為、ここまでも幼気な少女に質問をせがむ怪物の姿はあまりにも異質である。


「私への罰なのか!? こんな事、たとえ騎士であろうと許されるわけがっ……マテ……わし、わしゃ……ぶごぉっ……」


 問への返答はやってこない。

 やってくるのは……老人が望まぬ残酷な結末。


 最も、彼が恐れていた“最悪の最後”。



「ぐぼっ、ぐぼぼっ……ふぐぉおおおおおおおお……」


 余ほどの事がない限りは誰も足を踏み入れない重罪人の牢獄。

 助けを呼んだところで誰もやってこない深淵の底で、ウィグマの悲痛な叫びは次第に溶けるように消えてなくなっていった。

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