PAGE.246「悪夢狂演(その3)」


(……離れろヨ)

『!?』


 魔導書から光が消える。

 それだけじゃない。体の底から魔力と自由が奪われていく。


 精霊皇の気配が、再びこの世から消え去ろうとしている。


(他人の体を使って何勝手やってるんダ……!!)

 内側から聞こえるのは、怒り狂う少年の声。


『この少年……私を追い払う気か!?』

 想定外の出来事に精霊皇は焦りを見せている。


 数千年の活動を得て限界が近いとはいえ、魔力もないはずの少年から肉体の制御を奪われようとしている。腕のある魔法使いでさえも困難な事を無力な少年が成そうとしている事に驚愕を隠せない。


『待て、今は出てくるな……! 世界を救うために必要な事だ……今の君がどうこうする場面ではない!』

 ここでコーテナを見逃せば、魔王の復活をみすみす逃すことになる。

 世界が再び絶望の闇に包まれる。それだけは阻止せんとラチェットの意識を意地でも押さえつけようとしていた。


(黙れヨ)

 だが、精霊皇は人間の力を甘く見ていたのかもしれない。

 青年手前の少年。思春期真っ盛りでエネルギー有り余る年頃の少年……そこからの意地は、精霊皇という強大な存在さえも押し退ける。


「俺の友達に……手を出すんじゃネェッ!!」


 ラチェットの体から極光が消えてなくなっていく。

 精霊皇の魔力が再び仮面の中に閉じ込められる。仮面から漏れていたエネルギーは一瞬にして抹消し、そこにはいつも通りの少年が立ちすさんでいる。


「ラチェット……?」

 スカルは二度見する。

 間違いない。あの面倒そうな顔つきはいつものラチェットである。


「……何やってんだ、バカ!」

 ラチェットは一歩ずつコーテナの元へ近寄っていく。

 黒い炎はむせ返るほどに熱く、体から生きた心地を失わせていく。しかし、彼はそんな苦しみも知った事ではないと一歩ずつ前に踏み込んでいく。魔王の力に飲み込まれたコーテナの元へと彼は迫っていく。


「何があったか知らねぇが、お前自分のやってることが分かってるのカッ!? お前がやってる事……一番人間らしくねぇんだぞッ!!」

 それは友人としての叱責だった。

「元に戻れ! コーテナァッ!!」

 魔物らしい姿に変貌してしまった彼女を前にしようといつも通りの態度は変わらない。恐れ一つ見せることなくコーテナを怒鳴りつける。


「馬鹿野郎!逃げろ!! 死にてぇのかッ!!」

 魔力も何もなくなった今の彼がどうにかできる相手ではない。サイネリアが決死の叫びをぶつける。



「!!」 

 届いていない。  

 サイネリアの声も……そして、一番の友人であるラチェットの声さえも。


 人生を変えてくれた恩人。誰よりもかけがえのない存在だと思っていた少年。

 ラチェットという存在さえも、今の彼女の脳裏は漆黒によって埋められている。


「……っ!!」

 ラチェットの体が貫かれる。

 竜の手足のように鋭い爪がラチェットの胸を貫いた。


「ラチェットッ!!」

「坊や!?」

「小僧ッ!!」


 叫ぶ。そのあまりにも衝撃的な映像に。 

 一番慕われていたコーテナの手によって傷を負うラチェットに一同が叫ぶ。


「……こいつッ」

 叫ばない。ラチェットはどれだけ傷が痛もうが叫ばない。

 その憎まれ口は相変わらず……変貌しようがコーテナに向けられる。


「この、バカがっ」

 少女の頬を抓る。

 すぐ間近に迫ってきたコーテナの可憐な面。いつも貰っていた元気な顔とは真逆の表情を浮かべる彼女の頬を思い切り抓っていた。


「何、馬鹿やってるんダ……本気で怒るゾ」

 向き合っている。

「いつも通りの、優しい馬鹿に戻れヨ……お前ハ、その方が、お似合いダ……」

 魔王の力に溺れる彼女にそっと、優しい声をぶつける。




「……らちぇ、っと」

 少女の瞳が。

 コーテナの表情に、いつもの間抜けな面影が返ってくる。


「ラチェット……!?」

 コーテナの姿が元の姿に戻っていく。

 黒い炎も何もない。ただ、耳と尻尾が生えただけの半魔族の姿へと戻っていく。

「くっ、は、ッ」

 引っ込んでいった爪から解放されたラチェットはそのまま地面に座り込む。

 急所は外れている。だが、意識が混濁とする激痛に息を荒くしている。決死の深呼吸で平気を装い、いつも通りの生意気な姿を演出しようとする。


「なに、やってるんダ……このバカ」

 ラチェットは意味も分からず、立ちすさんでいるコーテナを眺めている。口からは血反吐のようなものまで吐き出されていく。


 どれだけ平気を見繕っても、その苦痛に彼は次第に意識を奪われていく。

 けれども……少女の目の前だけでは、それはしてはならないと意地で起き上がり続けていた。




「これ……」

 そして、少女気づく。

 漆黒の炎に包まれたその風景。


 ……そんな風景に怯える少女に向けられる、恐怖を抱く視線の数々。



「もしかして、ボクがこれを……!?」


 コーテナは頭を抱える。

 こればかりは少年でさえもどうしようも出来ない……この現実を前に『気にするな』なんて軽々しく口に出来るはずもない。


 その一瞬は地獄のような沈黙が続いた。

 ラチェットとコーテナは……嵐のあとの静けさに見舞われていた。

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