PAGE.245「悪夢狂演(その2)」
かつて人類が存在した。
しかし、人類は魔王の手によって滅ぼされた。
人類は未知なる力を前に対抗する手段などなく、ただ世界が滅ぶのをこの目で見ているだけ……次第に人類の活気と精神は粉々に崩壊していくばかりであった。
しかし、救世主は現れる。
滅んでしまったこの世界に、精霊と名乗る存在が現れる。
新人類として蘇った人類。生命と魔法を与えた精霊の皇。
全てを滅ぼし、この次元全ての支配を目論んだ魔王。
世界の存亡をかけた両者の戦いは千年にも渡ったとされている。
「おいおい……」
千年に渡る戦い、魔族界戦争は精霊皇の勝利に終わった。
しかし、魔族界戦争が終わり千年を超える手前のこの日……その戦いの火蓋は再び幕を開ける。
「なんだよ、これ……ッ!!」
希望の光と絶望の闇。
世界を照らす極光と世界を閉ざす終闇。
【精霊皇の力を受け継ぎし少年】と【魔王の力を引き継ぎし少女】。
突如病室から抜け出したラチェット達を追いかけ辿り着いた先。スカル達に映り込んだ景色は……古代人が遺した壁画のそれと全く同じ風景。
かつての戦争の映像そのまま。
白と黒。二つの力が王都にかつてない混乱を招いていた。
「どうなってんだい!? なんで、坊やと嬢ちゃんが戦っているんだい!?」
「ラチェットッ! 相手はコーテナだぞ!?」
スカルは攻撃をやめるよう叫ぶがラチェットにその声は届かない。今の彼は精霊皇に体を操られている人形に過ぎないのだ。
「コーテナもどうなっちまったんだい!? 周りがこんなっ……自分が何をしているのかわかってるのかいっ!?」
誰よりも争いを拒んでいた少女、誰よりも他人の不幸を嫌っていたはずのコーテナがあたりの事を気にすることなく炎を放つ。王都の住民達の不協和音が彼女の耳に届いている様子が微塵も見えていない。
「……っ!!」
ラチェットとコーテナの戦い。
一瞬の隙を見抜いたアタリスは二人の間に割って入り、コーテナの体を取り押さえる。
「コーテナ! 私だっ!! 聞こえているか!? 聞こえているのなら今すぐにやめろ!!」
「ッ!!」
アタリスの声でさえ。
「コーテナッ!!」
友人の声など今の彼女には届かない。コーテナは命がけで止めに来たアタリスの腕を掴み返すと遥か空高く投げ飛ばす。
「ぐっ……うううぅッ!?」
コーテナ本人がやっているとは思えない想像以上のパワー。
ほんの一瞬の出来事でアタリスさえも反応が出来なかった。無防備に投げ飛ばされたアタリスはアルカドアの時計塔まで力一つ入れることも出来ずに吹っ飛ばされていく。
「おっと」
時計塔に直撃するその寸前。見えない何かにアタリスは受け止められる。
アタリスを受け止めた何かは、そのまま近くの高台へと着地する。
「大丈夫ですか?」
「……この程度どうということはないのだがな。一応礼は言おう」
それはメルヘンチックな女性であれば一度は夢見るであろうお姫様抱っこ。手足も無防備にぶら下げているアタリスは自身を受け止めてくれた紳士な騎士にお礼を言う。
その顔つきは感謝の念が籠っているようには全く見えない。社交辞令という言葉が本当に似合う態度であった。
それもそのはずだ。彼女を受け止めたのは何を隠そうあの人物。
「やれやれ、不遜なお嬢様だ」
アタリスの監視を半ば無理矢理担当している“フリジオ”であった。言い方を変えれば、アタリスのストーカーである。
「ついでにだが、助けた理由も聞こうか」
「貴方は誰もが黙る大悪党……ここで消えていただくと、多大なる名誉を得るチャンスが無くなってしまうではありませんか。それは実に惜しいと思いませんか?」
実にフリジオらしい理由である。
「やれやれ、不純も度が過ぎると、不愉快を通り越して愉快になるな」
その言葉の言う通り、アタリスは愉快に笑みを浮かべていた。
「……しかし、面倒な事になりましたね。これは実に問題だ」
自身の利益のためだけに。名誉という褒美を得るために戦い続けるフリジオは黒い炎で燃え盛る街を眺めて溜息を吐く。
思いもしなかっただろう。
まさか、自分の世代であの戦争を眺めることになろうとは……
「サイネリア! ホウセン! 無事ですか!?」
ルードヴェキラは隙を見て、コーテナに完膚なきまでに傷をつけられた二人の元へ赴く。鎧も執拗以上に砕かれ、ホウセンでさえも体中に傷を帯びている。
「わりぃ、ルゥ。ドジっちまった……くっ!」
「ハッハッハ、二度もこんなザマを晒してしまうとはね。こりゃあ、精霊騎士団の名前も返上を考えた方がいいかね……って、いててっ」
身動きが取れないサイネリアとホウセン。
ルードヴェキラが自らの身をもってサイネリアに肩を貸す。それと同様、手の空いていたエーデルワイスも大柄なホウセンの体に肩を貸した。
「一体何があったのですか?」
「いやぁ、俺もサッパリでなぁ……騒ぎが聞こえて駆けつけてみれば、いつもと比べて大胆なお嬢ちゃんがいたわけよ」
今、上空で戦っているコーテナの姿に視線を向ける。
半魔族という概念も捨て、その姿は最早魔物そのものであった。
「どれだけ呼び掛けても駄目だ……アイツ、何かに乗っ取られたように返事一つ返そうとしねぇ。何よりパワーが以前とは比べ物にならない……別人のように桁違いだ」
重複魔法弾を瞬時に扱える。それだけでも彼女には並外れた魔法の才能と魔力を秘めてはいた。
しかし、それを考慮しても、今の彼女の魔力は無尽蔵と言えるほどに異常なパワーを秘めている。精霊騎士団が二人がかりでも対処できない程に化け物じみたパワーを。
「……イベル。逃げ遅れた人がいないかどうか見てきてもらえますか?」
「承諾、かしこまった」
イベルは騎士団長の命令に従うと、崩壊しつつある街の一片の調査へと向かって言った。
「……精霊皇は言った。魔王の依り代となりえる存在は既にこの街にいると。そして、彼は今、その力をフルに発揮して戦っている」
精霊皇が全力を持って阻止しようとしている相手。
漆黒の炎を纏う少女。最早、その姿には人間の面影はあれど、魔物そのものと断言できるほどの風貌に化けてしまったコーテナ。
「彼の言う、魔王の依り代とは……!」
考えた先は、最早妥当であった。
『やはり、覚醒してまだ間もない。倒すなら今しかない』
ラチェットの体を借りる精霊皇は魔導書を片手に悪魔と向き合う。
精霊皇の活躍あっての事か、まだ魔王の力をフルに発揮できていない少女の魔力と体力が尽きかけている。魔族の魔力の象徴ともいえた黒い炎が彼女の身体から消え始め、身動きも不自由さが目立つようになった。
『戦いを終わらせる。これで本当に終わりだ……邪悪なる魔族共よ!』
魔導書の光。漆黒を溶かす閃光。
魔王の復活を阻止するため、今、依り代である少女ごと抹消を試みる。
「待てラチェット! コーテナごとやる気か!?」
『覚悟!!』
迷いはない。
精霊皇は全力を持って魔王を倒す。今、残っている全ての魔力を持って、魔王を討ち果たさんと雄たけびを上げた。
(……離れろヨ)
『!?』
精霊皇の動きが、ピタリと止まった。
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