PAGE.244「悪夢狂演(その1)」


 コーテナは立ち上がる。

 友を守るため。生まなくても良い被害から街を守るために懸命の想いで立ち上がる。その身に過剰な鞭を討ち、限界を壊してついに動き出す。


「……」


 しかし、そこに立っているのは本当に“彼女”なのか。


 いつもの満面な笑みとはかけ離れた目つき。真っ赤な瞳に鋭い牙と爪、ドラゴンのような羽に、真っ黒な炎が纏わりつく煉獄を思わせる肉体。



「コー、テナ、ちゃん……?」


 ルノアはどうであっても口にはしたくない。

 その言葉を口にするのは……彼女の胸に大きな傷を残すと思っていたからだ。普通の人間として過ごすことを夢見ている少女に対して、何があっても言ってはいけない言葉だと分かっていた。


 でも、どうしてもその本能は胸の内に生まれてしまう。

 あの姿、人間とはかけ離れ姿その姿はまるで……


「おっと」


 恐怖のあまり見逃したのか。それとも、彼女が動いたのが早すぎたのか。


「おいたが過ぎますよ。御嬢様」

「……」

 気が付けば、見たこともない姿に変貌したコーテナは、雷の闘士を自称する男・マックスの眼中にまで迫っていた。

 漆黒の炎がベールに様に絡みつくその姿。数メートル離れているはずの位置であろうとも伝わってくる熱を帯びた黒い火炎を纏った拳をマックスに向けていた。


 そんな刹那の奇襲であろうと、マックスは化け物じみた反応を見せる。

 ほんの一瞬の出来事。マックスは身も焼けるような炎を纏う拳を受け止めている。


「ッ!?」

 だが、その健闘もほんの一瞬だけ。

 いつ、一体どの瞬間に一撃を入れたというのか……マックスは脇腹から身をねじらせ宙を吹っ飛ぶ。幾度となくその体をレンガ造りの壁に叩きつける。



「……」


「コーテナ、ちゃん、どうしちゃった、の……?」

 ルノアは思う。

 おかしい。やはり様子がおかしい。


 コーテナは困ってる人間を放ってはおけない主義。絵に描いたようなお人好しの心優しい少女である。


 こうやって“暴力に走るような少女”ではなかった。

 しかし今の彼女は何の躊躇もなく黒装束の男に拳を構えた。その表情には悲哀はおろか、申し訳のない念すらも浮かべていない表情。


 まるで別人だ。そこにいるのはコーテナとは思えない。

 言いたくはない。でも、こんな化け物じみた姿を見てしまえば、ルノアはどれだけ心を落ち着かせても、その禁句が頭をよぎってしまう。



「……まだ力を扱いきれていないのか。私を敵と捉えるとは」

 マックスはゆっくり立ち上がる。

 今の一撃は応えたのか、何かしらの一撃を浴びた個所を抑えている。ほんの一瞬だが、呼吸も乱れているように見えた。


「いや違うな。敵と捉えているのは元々……その力を呼び覚ましたのも、それが原因……人間に染まりすぎているか」

 謎の力を解き放ったコーテナは今もマックスを睨んでいる。

 そこにコーテナの意思があるのかどうか分からない……だが、その表情にその行動、どんな馬鹿でもわかる。


 少女は間違いなく、黒装束の男を殺すつもりでいる。

 その願いが顕著に体に現れている。無意識であるにしても、その瞳には紛れもない殺意が向けられている。



 コーテナは指を構える。

 拳銃の構えなどではない。ただ人差し指をマックスに向けるだけ。いつものコーテナらしい仕草はその姿から一切見受けられない。


 指先に集う漆黒の魔力。

 次第に収縮されている得体のしれないエネルギーは無尽蔵の如く湧き上がり、指先で小さなボール程度の大きさに集まっていく。

 

 限界にまで詰め込まれていく水風船。今でもはち切れそうな程に魔力は歪みに暴れを繰り返している。


「っ!!」

 マックスに放たれる。

 “王都の街一つを飲み込む”にはあっという間の波動。それはまるで津波のように抱擁的で嵐のように乱暴。漆黒のエネルギーがマックスの立っていた大地をあっという間に飲み込んでしまう。


 飛び散る炎。周囲の街が黒い炎に包まれる。


 燃え上がる。

 王都の街が漆黒の炎に焼かれていく。


「あぁ……ああぁ……!?」

 ルノアはついに腰を抜かす。

「……!」

 フローラに至っては、恐怖のあまりその場から逃げ出してしまう。

 

 コーテナの姿をした何か。漆黒を纏うその姿は静かにルノアの元へと迫ってくる。

 彼女が足を大地に降ろすと同時、その地は滅びを迎えるかのように灰となって消えていく。石ころも瓦礫も塵となって風に溶けていく。


 ルノアはついにその感情に逆らえなくなる。


 ___違う、こんなのコーテナではない。

 ___今目の前にいるこの少女は……“魔物”だ。



 コーテナは竜の片腕と言えるほどに変貌した右腕をルノアを前に振り上げる。

 無慈悲に右腕は、ルノアの頭上へと振り下ろされた。



「馬鹿野郎ッ!!」

 しかし、片腕はルノアの頭上には届かない。

「何やってやがる!? お前のダチだろッ!? どうしちまったんだよ!?」

 そこへ現れたのは騒ぎを聞きつけた精霊騎士団のサイネリアだった。

 駆けつけてみればそこには見たこともない姿に変貌したコーテナ、そして漆黒の炎に焼き払われる王都の一片、そして事もあろうことか友人にまで手を上げる始末。


 そんな始末を前にサイネリアは当然怒り狂っていた。

 その刃は今も殺気立っている。事と次第では加減も容赦もしないと覚悟を見せている。



「……っッ」

 そんなサイネリアの最後の警告すらもコーテナは無視をする。

 その体から漂う気配は殺気以外の何物でもない。サイネリアへの言葉に返事をすることもなければ、その反省を姿勢で見せることもしない。


「お前……何で……!!」

「サイネリア、一旦落ち着け」

 取り乱すサイネリアを前に、追いついたホウセンも刀を片手に身構える。


「怒るのは、この子を取り押さえてからだ」

「怒ってねぇ!! どうでもいい奴に怒りを覚えるわけ……アァッ、くそッ!!」

 頭を搔き乱し、サイネリアも再び刃を構える。

 彼女から躊躇が消えた。精霊騎士団として敵対すべしと姿勢が変わっている。


「クソガキ……覚悟しろ」

 漆黒の炎に焼かれる街。

 二人の精霊騎士が、黒き炎を纏うコーテナへとにじり寄った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「……」

 燃える街。

 目にも鮮やかな黒い炎。


 それに対するかのように白き光を放つ少年。

 仮面と魔導書。その二つを身に着け、極光を纏いながら黒の炎の中を静かに歩く。


 歩く。この風景、最早見慣れた者だ。

 少年の身を借りた精霊皇は、ついにその地へと足を踏み入れた。


『ついに姿を現したか』


 黒い炎の中。


 “致命傷を負い、身動き一つ取る事すら出来なくなった”精霊騎士団の二人。

 あり得ない出来事の連続、ショックのあまり寝込んでしまった学園の生徒が一人。



 そんな倒れた三人の真ん中でただ一人立っている少女。

 返り血すらも蒸発させる漆黒を纏う“魔物のような少女”。



『……“魔王の依り代”よ』

 精霊皇は魔導書を開く。

 今までにない白の光。目を開くことさえも許されぬ極光を黒き大地にて放つ。


『蘇る前に……ここで引導を渡してやろう』


 精霊皇の頭上で歪む空間。そこから姿を現す二対の砲塔。



「……」


 精霊皇に向けられる黒い指先。





 世界を照らす極光。

 世界を閉ざす漆黒。


 二つの力が今、千年近くの時を得て、再びぶつかり合った……!

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