PAGE,243「運命つけられた予言の日、にて」


 それは、あまりにも突然の邂逅だった。



「お久しぶりです、魔王様……私です、“マックス”です。雷の闘士・マックスでございます」

 黒い装束の男は礼儀正しく頭を下げて挨拶を交わす。

 その仕草はあまりに紳士的で、貴族のような振る舞いを見せている。


「さぁ、私と共に参りましょう」

「もしかして、この子のお父さんですか!?」

 ルノアは少女を連れて、男の元へと迫る。


「よかった……この子ずっと、一人で」

「待って! ルノアッ!!」


 しかし、コーテナはそれを止める。

 行かせない。あの男の元にルノアと少女を向かわせない。


 ……嫌な予感がしたからだ。

 あの男の振舞いは礼儀正しい。だが、その発言には気になる単語が何個も並んでいた。


 “魔王様”

 “雷の闘士”


 冗談だとは思える。この時期からすれば質が悪い冗談で、ここに騎士団の誰かがいたら大騒ぎになっているであろうジョークだとは思える。


 ……だが、この気配。

 あの黒装束の男から感じる只ならぬオーラ……コーテナはその存在を前に息を呑む。


「駄目。この子を渡したら駄目」

 コーテナは指を構える。

 それは半魔族としての直感だったのか。その体の中に宿る魔族の血を通しての察知能力なのかは分からない。


 だが、彼女は感じ取る。

 この黒装束の何者かは……きっと“敵”だ。


 静かな空気が漂い始める。次第に周りの人間達も、あまりに異様な雰囲気を漂わせる男の雰囲気と、その男に向けられる明確な敵意の物騒さに感づき、不穏なざわめきがあたりを支配し始める。


 無言が続く。

 緊張の糸が張り詰める。コーテナ達の体から自由を奪い始める。



「……従う気はないようだな」

 マックスはコーテナと同様、人差し指を向けている。

 コーテナのやっていることが拳銃の真似事だと分かっているかのように。子供相手に軽く遊ぶ感覚で真似をしている。


「よめてはいた展開だ。ならば、無理やりにでも連れて行こう」

「させないっ!!」

 指先に集まる雷の魔力。

 確実に仕留めるのならば炎の魔力が適任だが、この付近は市民があまりにも多すぎる。下手に撃てば王都を火の海に変えてしまう。


 一直線に敵をつけ狙う弾丸。例えるならば簡易型のレールガンとしての働きをする雷の重複魔法弾にて、黒装束の男を撃ちぬく。


 二重、三重、四重……そして、五重。

 重ねれば重ねるほど反発後の破壊力が増す。雷の場合は速度も増す為に、視認の隙すら与えぬ貫通弾を発射できる。


「……いなくなれっ!!」


 発砲。

 耳が吹き飛ぶ頬度の轟音が響く。


 目にも止まらぬ速さで飛んでいく雷光弾。ナイフの刃のように鋭い弾丸は黒装束の男の首に目掛けて飛んでいく。極力、街に被害が及ばないよう、斜め上へと打つような感覚で。


 

 ……命中。

 雷の重複魔法弾が黒装束の男の首を貫いた。


「え……?」

 貫いた。それは間違いない。

 現に雷光弾が黒装束の男の首を吹っ飛ばした。瞬きをする暇もなくあっという間にこの世界から首の存在を消してしまった。


 ……消えたのは首だけじゃない。

 男の体。黒装束の男の存在そのものが“この視界”から消えてなくなっている。


「見事ではありますが、私にはまだ及びませんか」


 残っているのは微かに見えるイナズマ。

 男がいた大地を這うように緑色の電気が迸っている。


「眠っていてください。手荒な真似はこれ以上したくはありません」

 声が聞こえた。

「!!」

 その矢先に心臓を突き破りかねない何かがコーテナの腹部に飛んできた。


「……ぁっ!?」

 まるで、男そのものがレールガンのようにその場へ吹っ飛んできた。

 コーテナが撃ち放った弾丸と同じ速度で迫ってきたマックスは意識を吹っ飛ばす一撃を臓器に加える。


「この程度……まあ仕方ありませんか。人間の体など、その程度」


 コーテナは口から多少の胃液を吐き散らす。

 眩暈がする。意識が揺らぐ。視界が事の一瞬で反転する。


 力が入らない。

 体が地面に倒れた感覚すらも感じなかった。たった一撃で人間の五感全てを破壊したというのだろうか。


(う、動かない……!)

 違う。体が動かないのは今の一撃が原因であるのは間違いないが、その一撃のみで五感の全ては破壊されていない。


 “麻痺”している。

 体のあちこちに電流が走っている。外だけではなく、体の中を掻き回すように内側でも暴れ回るように駆け巡っている。


 今の一撃で体に大量の電流を流されたようだ。

 少女の肉体にその電流はかなりのダメージである。指先一つの感覚すらも奪う程の全身麻痺を与えるなど容易い事であった。



 あたりの人間が一斉に悲鳴を上げ逃げ出す。

 取り残される……ルノアと少女。


 ルノアは怯えながらも少女を庇おうと駆動剣を取り出し身構える。だが、そのオーラを前に怯えているのか姿勢は勿論、視界すらも定まっていない。

 だけど逃げる真似だけはしない。少女を見捨てることは勿論、友人であるコーテナも見捨てるわけにはいかないと意地を見せている。


 本当は逃げ出したいだろうに。

 ルノアはこみ上げる恐怖を押さえつけている。


「……仕方がない」

 マックスはコーテナの元を離れると、一歩ずつルノア達の元へ迫る。

「あまり邪魔をされては困る。障害となる以上、排除させてもらう」

 この一撃をくらってしまえば、あっという間に自由が奪われる……打ち所が悪ければ、一瞬で死に至る。



(ダメ、だめっ、だっ……!)


 早く助けなければ。コーテナは決死の想いで体を起き上げようとする。

 だが動かない。鎖のように縛り付けるイナズマ、次第に消えていく意識の双方に見舞われ、コーテナの自由は無へ迫っている。


「や、やめ……ろ……」

 眠っているわけにはいかない。

 このままではルノアが殺されるかもしれない。あの少女が連れ去られるかもしれない。


 それだけはダメだ。

 必死に体を揺さぶるもいう事を聞かない。


 拳を鳴らすマックス。後ろ姿でも漂う殺気。例え女子供が相手だろうと容赦をする様子が見えない姿を見て、コーテナはより一層恐怖が芽生え始める。


 動け。動け。動け。

 とにかく願う。ここしばらくは体が動かなくなってもいい……でも、せめて、この場限りは動いてくれと必死に願う。



 このままでは……“友達が死ぬ”。

 街が大変な事になる……“皆”が死んでしまう。



 だから願う。

 皆を守るために……その為だけに決死のワガママを叫ぶ。



「やめろ……!!」



 その願いが届いたのか。




「やめろっ、やめろ、やめろっ……」


 少女の体を縛るイナズマ。縄を引きちぎるように体の自由が戻っていく。




 そして同時に迫る。





 自由の先と共に現れる……“ドス黒い感情”。





「やめろぉおーーーーッ!!」




 飲み込まれる体。湧いてくる力。

 感じた事もない本能。そして、欲望。次々に生まれてくる概念。



(……!?)


 目の前の世界が漆黒に迫っていく。青く鮮明な青空は真っ赤に染まり、活気が漂う街中も炎が躍る地獄の世界へと変わっていく。


(から、だがッ……!!)


 体が燃える。魂が熱くなる。

 頭の中が真っ黒になっていく……まるで、灰のように。


「あがっ……がぁああああああああッ!?」


 少女は咆哮する。


「……コーテナ?」

 友人のために立ち上がったコーテナに気付く。

 

 だが、その姿に安堵を覚えるはずが……むしろ、覚えるのは恐怖。


「……目覚めてくれましたか」

 マックスは振り向く。

「“魔王様”」

 マックスの視線の先にいる少女。





 額に生える一本の角。


 黒い業火を纏う幼き肌。


 一部一部、矢の一本すら通さぬ鎧を思わせる皮膚に包まれた少女。



 紅蓮の瞳。鋭い牙。


 竜を想像させるおびただしい手足。


 絵画に刻まれた悪魔を思わせる巨大な翼……胸元で光り輝く、“魔族の紋章”。




「……」


 そこにいたのは___

 いつものように満面な笑みを浮かべている、心優しき少女の姿ではなかった。

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