PAGE.242「創世の王」


 蘇る。

 壁画の宣告通り、ついに蘇る。


 かつて新たな世界を創造し、脅威から世界を救いし、次元を超えた英雄。

 

 精霊皇・アルスマグナ。

 少年の身を借りて、再びこの世界へと具現した。


「……精霊皇アルスマグナ」

 ルゥ、いや、騎士団長ルードヴェキラとして少女は精霊皇と向き合う。

 精霊皇の力を受け継ぎ、数百年に渡りその力を守り続け、魔法世界クロヌスの秩序を守り続けた立場。その祖先が今目の前にいるのだ。


 精霊騎士団の団長という立場でありながらも、ルードヴェキラは息を呑む。


「本当に、精霊皇様本人なのですか」

『如何にも』

 喋り方、そして目つき。振る舞いからして、今そこにいるのはラチェットではないことは分かる。精霊皇を名乗る何者かがラチェットに乗り移って会話をしている。


「魔力、確認……」

 イベルは別人となったラチェットを見上げる。

「格差、理解を越えている……兄様、と姫様に近い魔力を感じる」

「魔力を感じる。ですか」

 考え込むようにエーデルワイスは首をかしげる。


「しかし、ラチェット君の体を調べた時には、魔力なんて一欠片も」

『当然だ。少年の体には魔力は微塵もない』

「ならば、何故、今の君には魔力が」

 ラチェットの体はアルカドア事件の直後、人の庭に土足で踏み込むような真似であったが徹底的に検査を行った。王都に所属する医学専門の魔法使いの総力を使って、ラチェットの体を調べ上げた。


 しかし、彼の体には魔力は存在しなかった。

 魔法世界クロヌスに属する魔法使いとしての魔力は勿論、一番危惧されていた魔族としての魔力……共に少年の体の中にはなかったのだ。


 では、何故今の彼には“魔力”が芽生えているのか。

 そもそも、魔力がない状態で何故、魔導書を扱うことが出来たのか。


『……魔王を討ち果たし数年、次元を超え、この世界にやってきた私は体を維持する必要もあった……だが、千年近くも残ればその余力など残っていない。本来であれば、役目を終えた私は大人しく眠るつもりだった』


「ですが、貴方は魂のまま、この世界に残った……イマキの鉱山の遺跡に残されたメッセージ。あれは貴方が残したものですか?」


『ああ、そうだ。私の役目はまだ、終わっていない』


 精霊皇本人の口から真実が語られる。

 ステラが発見した壁絵画のメッセージは、戦争が終わって直後、限られた体の余命を振り絞って残したメッセージであった。


「……魔王は蘇る。それは本当なのですか」

『ああ。私は魔王を討ち果たした……だが、手応えがなかった』

 舌打ちをするように、精霊皇は苦虫をかみつぶす表情を浮かべる。


『不穏に思った私は残る魔力を使って……魔族界に足を踏み入れた』


 魔族界。精霊皇と同様、次元を超えクロヌスを飲み込もうとした世界。

 魔王が滅んだことにより、その世界の侵略は終わり、次第に姿を消していった。しかし、妙な感覚を覚えた彼は念のためにと魔族界へ足を踏み入れた。


『……魔王は私と同様、肉体は滅んだが魂を世界に残していたのだ』

 無念のあまり、精霊皇は拳でベッドを殴りつける。

『しかし、奴の魂も瀕死の状態だった。この世界に蘇るためには千年は必要だと私は踏んだ。どうやら予測通りだったようだな』

 もうじき、魔王の魂は完全なる生命体として復活を遂げる。

 時期の頃合いを見ても、あとはその魂を宿す肉体を発見するだけだ。魔王の完全復活は最早刻一刻を争う状況だった。


『私の体も限界だった。守りを固める魔族界に進軍する余裕もなく、この事を人間達に伝える力も残っていなかった』

 肉体の限界。老いていく体。朽ちていく“人としての肉体”。

 その体で二度目の次元移動を行った事により、体はついに喋る事すらも出来なくなり、魔法を放つにも体の崩壊が待っている定めであった。


『私は壁絵画にメッセージを残し、私自身も魂をこの世に残し眠りにつくこととした……』

 精霊皇は仮面と魔導書に手を伸ばす。


 白い光。今までとは違う光を放つラチェットの装飾品。


 精霊皇の魂。

 仮面と魔導書に、その力を眠らせていたと精霊皇は語る。


「成程、その仮面に精霊皇自身が眠っていた。この世界の人間ではない小僧が魔法を使えたのもそれが理由か」

「なぁ、ラチェットはどうやってこの世界に?」

 スカルは質問を精霊皇に問いかける。

 彼は魔法の祖先である。しかし、いまだに納得と理解が追い付いていないスカルは立場を弁えずに質問を重ねる。


『私が連れてきた』

 尊大な態度で精霊皇は答える。


『眠る前、私は自身の力を受け継ぐに相応しい人間を別の次元へと探し、求めていた……そしてこの少年に辿り着いた。私はこの世界に彼を引き連れたのだが……運行の仕方に問題があったのか、時間にズレが生じた……』

 よりにもよって、魔王が蘇る手前の時期となってしまった。

 それだけじゃない。無理な次元移動もあって彼の肉体には退化と老朽の交じり合った不自然な肉体ともなった。力を扱えるに、時間をかける必要がある面倒な肉体へと。


『私は近くの遺跡にて、眠りについた……少年は上手く私を回収してくれたようだ』

 もう次元を超える力は残っていない。三度にわたる次元運行により精霊皇はついに体力の限界を迎えたようだ。

 因果、仕組まれた運命はしっかりと少年を動かした。ここに連れてこられるまでの記憶も何もない少年は操られるがままに遺跡へと辿り着き……彼の魂の眠っていた、あの部屋へと辿り着いたのだ。


「……何故、異世界の人間である必要があった。それに、よりにもよって魔力がない人間など」


『私の全てを受け入れるには魔力が存在しない人間である必要があり、この世界の人間ではない必要があった。そうでなくては……魔王、いや、“マクヴェス”を打ち破れないのだ』


 この世界には因果律、秩序の法ともいえるルールが存在するのか。同じく創世者であり革命の神と崇められた魔族の王は、この世界の人間では触れる事さえも許されない。


『魔力だけではない……欲望、自身を奮わせるものでさえ存在しない人間である必要がな』


 欲望のない人間。

 ラチェットには夢がなかった。というよりは諦めていた。ただ、死ぬのは怖く、生きようと微かに思っているだけに、亡霊のように生き続けていた。


 精霊皇の力を受け止める絶好の存在。それこそが、この“少年”だったのだ。


「……しかし、貴方は“限界”が早いと」

『ああ、だがそれはこの少年の肉体の事を指しているのではない……私自身の問題だ。私は力を取り戻しつつある魔王と違って、ただ衰えていくのみ。最早、この魂の維持は、この少年の肉体を使っても困難となるだろう』

 魔王側は恐らく、念のためのバックアップとして準備を進めていたのだろう。

 間に合わせである精霊皇にはそのような準備は勿論なく、魂だけの存在となっても寿命という概念に逆らえず、結果としては衰退していく一方。


『いつか、この少年に私そのものを継承する時が来る。その日までは私はこの少年の体に宿り続けるつもりだ』


「継承……」


 実感が湧かない。

 それは彼の体を乗っ取るという事なのか。それともラチェット自身が精霊皇となるのか。


 精霊皇本人もそこまでを語ることは出来ない。今後、ラチェットがどのような道を辿ることになるのか、その場にいる皆が見当もつかないのだ。


「魔王の器となりえる存在。それには気付いているのですか?」

『無論だ……』



 全てを見据えている。



『既に、その存在はこの“街”にいる』


 その脅威となる器が誰であるのかも、彼は知っている。


「!?」


 予言の言葉。その存在がこの街にいる。

 一同はその発言に息を呑む。


「誰なんですか!? その器の存在というのは」

『……!』

 ルードヴェキラの質問に耳を通す間もなく、精霊皇の顔色が変わる。


『……また現れたか』

 医療施設の窓を開く精霊皇。

『最早、一刻の猶予もなし……!!』

 ラチェットの体を借りたまま、王都の街中へと飛び込み去って行ってしまう。


「何がどうなってんだ……!?」

「言ってる場合かい! 坊やはまだ病人なんだ! 無理は出来ないよ!」

 オボロはスカルの体を引っ張り、病室を出ていく。


「面白い事になってはいる……が」

 アタリスも窓から飛び降りる。

「なんだ、この悪寒は……?」

 これから起こる嫌な予感。

 いつにも増して、アタリスの表情からは余裕が消えているように思えた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 王都の街中。

 いつも通り騒がしく賑やかな街。沢山の商人の掛け声や、遊ぶ子供達の声が絶えない風景の中で三人の少女が歩いている。


「やっぱり、何も見つからないね」

「うーん、難しいなぁ~……」

 今日も早速手詰まりの状態にコーテナとルノアは悩みに悩んでいる。

 街中を回ってみれば何か一つは分かるんじゃないかと思っていたが、やはり所詮は暗中模索。中々に尻尾が掴めない状況が続いていた。


「……」

 フローラの家族。そして行方。

 コーテナ達が我が身のように、少女の事を探っていた。



「ん……?」 

 コーテナとルノアは脚を止める。




 人影。

 まるでライダースーツ。真っ黒い装束、緑色のラインが目に眩しい特徴的な衣服を身に纏う何者かが佇んでいる。



「お迎えに上がりました」





 黒い装束の何者かはそっと頭を下げてご挨拶。




「……“魔王様”」

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