PAGE.241「交わえぬ血の騎士兄妹(後編)」
更なる驚愕の事実。二人は思わず声をあげそうになった。
……だが、納得がいく。
喋ることになれていなさそうな独特な言葉遣い。人間というには獣じみた動きをする戦闘スタイル。そして、先日の戦いで見せた、より獣らしい一面。
サーストンはイベルを前に何かを言いかけていた。
イベルが何かをしようとした時、エーデルワイスはそれを止めるかのように大声をあげた。
“イベルは魔族”。
しかも半魔族ではなく……正真正銘、本物の魔族だというのだ。
「どうして、魔族が?」
聞きたいことが山ほどある。
何故、魔族が精霊騎士団に所属しているのか。
何故、精霊騎士団の騎士の一人を兄と呼んでいるのか。
かなりの数の謎にスカルの頭は混乱を極めている。
「……数年前、魔物の大量発生の調査に騎士団長様とワイス様が王都から離れた森に訪れたことがあった。側近の騎士達と共に調査を続けていたが、騎士団が到着すると決まって姿を消す魔族を前に調査は難航した」
数年前に発生したという別件の魔族大量発生の報告。
あまりにも被害が多いために調査へ赴いたようだが、その尻尾を中々掴めずに騎士団は手を焼いていた事例が過去にあったようだ。
「その時に小さな女の子が突然現れてね……その子が騎士団達を森のとある場所へ案内した。そこに魔物達が隠れていてね。難航していた調査はあっという間に進歩したんだ」
「その女の子が……イベルなのか?」
「そういうことだ」
森で発見された少女・イベル。
当時は衣服一つ纏っておらず、体もススや油に切り傷などで汚れていた。髪の毛もまともに手入れされておらず、その姿はまるで獣のようだったという。
そんな少女の活躍もあって、騎士団達は大量発生の調査に終止符を打つことが出来た。
「その日は場所を教えるとすぐに姿を隠してね……その後も何度かワイス様が森に訪れたんだけど、そのたびに姿を現したらしい」
そこから交流が続いたのだという。
その頃は互いの事を知らず、言葉一つも喋れない上に、人間の文化を何一つ知らないイベルはエーデルワイスからの施しに対して首をかしげる毎日だったという。
「……ある日、ワイス様が森へ訪れた日。今までとはレベルの違う魔物が現れたんだ。不意の魔物の出現に油断したワイス様は負傷し、追い詰められた……その時、イベルが本来の姿を現して、その魔物を食い殺したんだ」
魔族の中には人間に姿を変えられる者もいる。
それは知識を持たない魔物も同様であり、滅多にお目にかかることは出来ないが、イベルもその稀なケースの一人だったのである。
「その後、イベルはその大きな体でワイス様を守り続け、後にかけつけた騎士団達の手によって保護された……イベル様も一緒にね」
「魔物の姿のままだったのに、騎士団に狙われなかったのか?」
「ワイス様が必死に抗議したんだ。この魔物は悪い奴ではないと……精霊騎士団の騎士様の指示となれば、皆は手出しできなかったからね」
権限を持って騎士達を黙らせたようである。
中々に強引な手段を使う人だったんだとスカルは意外そうに彼を見つめる。
「その後、イベル様はワイス様の養子として引き取られたんだ。その後は人間としての教育を受けて、人間らしい生き方を身に着けてきた……」
イベルは知識はないものの、理性は持ち合わせていた。獣というよりは、人間らしい生き物としての一面が強かったのである。
「その生活の最中、戦い続けているワイス様の姿に感化されたのか、拾ってくれた恩義に応えたのか、或いはその両方か……彼女も王都のために戦うと言い出したんだ。騎士としての英才教育を受けた彼女はあっという間にその頭角を現し、気が付けば精霊騎士団の一人にまで上り詰めたのさ」
当時、氷の騎士を請け負っていた男が病によって苦しんでいた。それ故に後継者を探している状況だったのだという。
そこで当時、騎士団の中でもかなりの急成長を遂げたイベルに氷の精霊の力を授けたのだという。エーデルワイスが信じた子供だというのなら安心して任せられるという懐の深さを持って。
「彼女が魔族だと知ってるのは騎士団だけだが……まぁ、噂というのは早く出回るモノでね。魔族が騎士になったと聞いた際にはやっぱり騒ぎにはなったよ」
この王都は半魔族に対して、それといった危機感は覚えていないものの、やはり魔族そのものが騎士になったと聞けば不信感は募る。
今でこそ信頼を勝ち取っているが、まだ完全には信用されているとは言えないようである。
「……あれだけの兄妹愛は、恩義故の愛ってわけかい」
事情を聴いたオボロは余計に泣けてくる。
エーデルワイスの人情もそうだが、イベルの人間としての成長にも感動が加わって三倍増しに涙が流れそうになっていた。
「えっと、あの……」
感動に包まれる空気の中。
「これ、入って大丈夫かな……?」
「深く考えるな。黙って入れば問題はない」
そこへ別の客人が。
「「あっ」」
スカルとオボロも客人に気付く。
コーテナとアタリス。
ラチェットの見舞いへ駆けつけてきたようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラチェットは気こそ失っているが問題ない。これだけのダメージであれば時期に目を覚ますと医者から言われていたことを告げる。
ラチェットの無事。
それを聞いてコーテナは安堵の息を漏らす。
「全く、ラチェットは本当に無理しすぎだよ!」
頬を膨らませながら眠っているラチェットの頬を抓るコーテナ。
「目を覚ましたら、いっぱい叱ってあげるからね!」
「うーん……うぅーん……」
夢の中で何か不都合があったのかラチェットの顔色が悪くなる。原因があるとすれば間違いなく今この瞬間のせいだろうと一同は笑ってしまう。
「そういえば、今日も探しに行くのか?」
ルノアと一緒に面倒を見ている女の子。
しばらくは彼女の事を調べるために街を回ると言っていた。
「うん。でも、ラチェットが……」
「大丈夫だよ。時期に目を覚ますさ。『友達の約束を破るなんテ、意外と薄情な奴だナ』なんて言い出すと思うぜ? コイツの事だ」
「ぷぷっ! スカル、ラチェットの真似、全然似てないね!」
「ほっとけ!」
例えでやったモノマネがあまりにも不評な事にスカルは怒り出す。
これにはその場にいた一同も笑ってしまった。
「行くがよいコーテナ。夜にでも小僧と話は出来るからな」
「……分かった! 行ってくる!」
コーテナはルノアとの約束を守るために一度、病室を後にした。
必ず戻ってくる。そして精いっぱい叱ってやるんだと意気込みを残して。
「元気なことだ」
「お前は行かなくていいのか?」
「たまには小僧の間抜け面を眺めるのも一興だからな」
「お前本当に性格悪いな……」
悪夢にうなされているラチェットを眺め続けているアタリス。
悪戯の一つでもしてやろうかと、そっと手を伸ばした。
「……っ」
その瞬間。
「!」
目を覚ます。
ラチェットが。何の予兆もなく……ベッドから起き上がる。
「おおっ、ラチェット目を覚ま」
「待て」
ラチェットへ近寄ろうとする一同。
その一同を……アタリスは止める。
「貴様、“何者”だ」
アタリスの言葉。
「「!?」」
その言葉に一同は身構える。
『貴様、魔族の類か……実に感が鋭いな』
「魔族のような下種と並べるな。実に不愉快である」
『……それは失礼した』
ラチェット……と思われる人物はそっと、窓の外へ視線を向ける。
『仮にも、私が選んだ器の恩人だ。癇に障ったのなら謝ろう』
「おい、ちょっと待て! お前、本当にラチェットか……?」
スカルはおそるおそる、彼に名を訪ねた。
『我が名は、アルスマグナ』
ラチェットの口を使って、名乗りを上げる。
『……“精霊の主”である』
かつて世界を救った英雄。
精霊皇・アルスマグナが、再びこの場へと姿を現した。
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