PAGE.240「交わえぬ血の騎士兄妹(前編)」


 サーストンの襲撃から一日近くが経過した。

 学会の面々に助けを呼びにいったスカル達の活躍もあって、地下遺跡から調査に出かけていた一同は保護された。


「いやはや、油断したものだ」

 王都の医療施設の一室にて、軽傷を負ったオーブァムは苦笑いをしながら頬を掻いている。

「エージェントして恥ずかしい限りだよ、まったく」

 オーブァムは自慢の攻撃が通用しなかっただけに飽き足らず、素手の攻撃により一撃でやられた事もあって、自分の不甲斐なさに無念を思い浮かべているようだった。


「……しかし、まさか“地獄の門”をこの目で拝むことになるとは思わなかった。貴重な経験ではあるが、素直には喜べないな」

 地下遺跡でのワクワクから一転。思いもしなかった出来事と対峙したことであっという間に血の気が引いてしまったあの瞬間。


 恐ろしかった。

 その姿を直視するだけでも体が震える。汗が噴き出す。


 その瞬間、明確な恐怖というものをオーブァムは思い浮かべていた。



「……もう一日がたった」

 スカルは病室の中で溜息を吐く。

 エーデルワイスにラチェットはこの病室のベッドに送り込まれてから一度も目を覚ましていない。呼吸はしているため問題はないようだが、傷が深い事もあって意識を取り戻すことも難しい状況だ。


「兄様……」

 同じく大打撃を受けたイベルは自由に動けるようにはなった。

 とはいえ、片腕に包帯。骨も幾つか折ってしまった為にギプスを着用。以前のように飛び回るようには動けなくなってしまったが。


 イベルは病室についてからはずっとエーデルワイスに寄り添っている。

 いつか目を覚ますその瞬間まで、一片たりともその目を離そうとしない。


「ワイス!」

 病室に一人、客人が訪れる。

 騎士団長ルードヴェキラ……いや、今の格好を考えると、何処にでもいる観光マニア“ルゥ”と呼ぶべきであろうか。


 騎士団長としての立場を隠しつつ、自身の従者であるエーデルワイスの負傷を聞きつけ、この病室まで辿り着いたようである。

 ここ数日は王都の外に出ていた彼女だ。王城に帰り着いた途端に聞かされた最初の報告がそのような不祥事であったのだから、想像を絶するほどに焦ったのだと思う。


「……姫様、お兄様はまだ」

「そうですか……」

 地獄の門の出現。そして、度重なる魔物の大量発生の調査。

 魔法世界クロヌスで起きつつある異常事態の連続に中々手を空けることが出来ないルゥ。せめて、この作った時間の間でも元気な姿を見られればと期待していたようだが……それは難しそうである。


「謝罪。私の未熟、この結果、を招いた……兄様のお手を煩わせた」

 サーストンを前に成す術もなく敗北した。

 それ故にエーデルワイスに光の精霊の力を使わせてしまった。まだ制御もままならない状況だというのに、無理をさせてしまった。


 すべては未熟が生んだ結果。

 イベルは自分の不甲斐なさを呪詛のように述べてしまう。


「……あなたのせいではありませんよ」

「!」

 イベルの目の色が変わる。

 ルゥの返事ではない。返ってきたのは別の人物からだ。


「この力を使ったのは私の決断……原因は私にあります。貴方は頑張った。精一杯頑張ったのですから、どうか責めないでください」


 地下遺跡から救出されて一日近く。

 深い眠りについていたエーデルワイスはようやく目を覚ましたようだ。


「兄様っ……!」

 ギプスがついている状態。派手な動きは控えろと医者に言われたのにもかかわらず、歓喜のあまりイベルはエーデルワイスに抱き着いた。


「……よかった、無事で」

「ご迷惑をおかけしました」

「いえ、無事であれば、それでいいのです」

 ルゥも彼の無事に心の底から安心したのかホッと胸を撫でおろす。

 

 イベルは今もエーデルワイスの胸の中で子供のように泣きじゃくっている。実をいうと、イベルの体はその動きのせいで悲鳴を上げつつあるのだが、それよりも兄の無事を喜ぶあまり気にしている様子がない。


 そのことについて、エーデルワイスは顔を真っ青にし始めている。

 頼むから止まってくれ。一度落ち着きなさいと何度もイベルに言い聞かせていた。



「仲良しな兄妹だねぇ……お姉さん、こういうのに弱いんだよぉ」

 オボロはハンカチ片手にかけがえのない兄妹愛を前に感動する。

 こういったモノには一方涙脆いオボロ。恋人が死んでしまう内容な恋愛小説でも泣きながら読んでしまう癖があるほど、彼女の涙腺は割と弱いようである。


「でも、何というか」

 スカルは顎に手を置き、その光景を前に首をかしげる。

「何というか似てないんだよなぁ~……あの兄妹」

 イベルにエーデルワイス。共に美形ではあり、評判の良い兄妹ではある。

 しかし、美形でありながらも顔つきの特徴に似ている個所が見受けられない。兄妹というには何処か似ていないのである。


「そんなことどうでもいいことさ!」

「いてっ!」

 オボロからの鋭いツッコミが首の後ろに入る。当身に近い一撃を喰らい意識を失いかけたが何とかスカルは持ち応えた。


「……あの二人」

 オーブァムは小声で語る。

「本当の兄妹ではないのさ。血は繋がっていない」

「え?」

 オボロはその衝撃な事実を前に空いた口が塞がらない。


 あれだけの絆。あれだけの家族愛。

 だというのにあの二人は本当の兄妹ではないとは一体どういうことなのか。


「……イベル様は、“魔族”なんだ」

「「!?」」

 更なる驚愕の事実。

 二人は思わず声をあげそうになった。

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