PAGE.239「鋼の鬼、再陣。(その5)」


『……ッ!!』


 鋼の闘士、渾身の一撃がラチェットを襲う。


 砕け散ってしまう。

 鋼の闘士の一撃を何度も受け止めた刃。現実、そしてこの世界の技術をもってしてもその造りはあり得ない至極の一級品の刃。


 その刃を持ってしても、その猛攻を受け止め決めることは叶わず。

 粉々に砕け散る。限界を迎えた刃は悲鳴を上げることなく粉砕してしまう。


『……まだだ』

 ラチェットの体を使う何者かは再び、虚空から剣を取り出した。

 ついさっき破壊された剣と全く同じ構造の刃だ。いくら破壊されようと、ストックはいくつあるのか間髪入れずに新たな武器を取り出してみせる。


 ……光っている。

 ラチェットが持つ本と仮面。エーデルワイスの剣が放った光と同じような、濃白の極光を放ち続けている。


(あの光……)

 その光。そして、胸からこみ上げる“魔力の気配”。

 精霊のそれとは近いものの、その桁の違いは感覚で伝わってくる。

(まさか、彼は本当に……!?)

 あの輝きを放てるのはこの世たりとも三つの存在のみ。


 一つは精霊皇の配下の中でも桁違いの能力を持っていた光の精霊。

 もう一つは、その光の精霊の力を受け継いだ精霊騎士の一人。


 そして最後に……そんな桁違いな能力でさえも無尽蔵に扱うことが出来た精霊の主。壁画にも記されている魔法の神・精霊皇アルスマグナのみだ。


 この世には光の精霊はいない。行方を知る者はいない。

 そして光の精霊の力はエーデルワイスの手によって受け継がれている……扱いきることは出来ていないが、彼の体の中にその力は宿り続けている。本来ならば、精霊騎士団団長である彼女の中にあるはずの力。



 回答。ここに出揃った。


 となれば、彼の正体の候補として残るは……“精霊皇”ただ一人。  

 あの男が口にしている通り、ラチェットの正体は本当に精霊皇本人だというのか。



『……っ!』

 ラチェットの体が震える。

 眩暈を起こしたかのように、その仮面を押さえつけている。

『……ダメか、これ以上は……“彼”がもたない』

「やはり、そうか」

 サーストンは刃を鞘に収める。


「お前は次元を超えた先の世界から現れた。しかしその体は違う次元の環境になじむことも出来ず、日に日に保つことが出来なくなった……最後の賭け、その全てを使って魔王に勝利したお前の肉体は既にこの世からは消えてなくなったものだと思っていたが、その予想は当たっていたようだ……」

 苦しんでも尚、立ち向かう。

 消えることのない敵意を前に、サーストンは今も視線を向け続けている。


「だが、お前の気配は消えなかった。お前の魂だけはこの世に残り続けていた……魔族との戦いに真なる終止符を打つ。その執念だけは今も残り続けていた」


 精霊皇の魂。



 ステラが発見したあのメッセージ。

 古代人の誰か、遥か先の未来の危機を知らせるために残された言葉。


 その言葉通りの事が今目の前で起きている。

 消えたはずの精霊皇の魂は……今、紛れもなく、この壁画の間にて君臨している。


 ___少年の体を借りて。

 ___この世に復活を遂げている……!!



「だが残念だな、やはり人間の体では限界がある。ましてや無力な子供の体など」

『……違うな』

 精霊皇。アルスマグナは口を挟む。


『それは違うな、鋼の闘士……この少年はお前の思うちっぽけな存在ではない』

 

 壁絵画の言葉にはこう書かれていた。


 

 ___この世界に再び、脅威が訪れる。

 ___魔王の器となりえる存在がこの世に蘇る。


 ___しかし、恐れることはない。




 “___精霊皇はその危機に生じて再び姿を現すのだ。”



『この子供は……“希望”。私が見つけた、唯一無二の“可能性”である』


 彼が見つけた出した新たなる力。

 希望と共に生きる依り代。精霊皇を名乗る男はサーストンに訴える。


「ほう、お前が認めた可能性、か……過大評価とは思えんが、それを感じさせる予兆すらも俺は感じない」

 首を強く鳴らす。

 今も尚、敵意を取り除かない精霊皇を前に燻っている。彼の言う言葉に疑念という感情を抱きつつ、その距離を一歩ずつ詰めてくる。


「一度、果たせば分かるものか」

 刀に手を伸ばす。

 休憩は終わり。また一度、臨んだ果し合いに身を投じるべく、鋼の闘士は数百年たっても尚、錆びれることのない本能を剥き出しにした。



「!」

 だが、その一瞬。

 サーストンは刀から手を離す。

「時間切れか……っ!」

 舌打ちが聞こえてくる。

 何かの気配に感づいたようだ。それに対し、これ程にないむず痒さを覚えているようだ。


「……また何れ会おう」

 サーストンは壁画の間から立ち去っていく。

「その可能性とやらに期待はしていない。お前に会いに来るぞとだけ言っておく」

 ラチェットという少年には何の興味も抱いていない。

 かつて、プライドに傷をつけたという精霊皇にのみ殺意を向けている。最早、精霊騎士団など失望の念すら安くなったと宣告する。


「待て!」

 エーデルワイスは悲鳴を上げる体を必死に前に押しやる。

「……王都の騎士の包囲網を、それを無視して、どうやってここまで」

「容易い」


 サーストンはエーデルワイスの疑問に答える。


「お前達の考えることなど、当の前から俺達の手中にある」

「何……!?」


 その言葉は一体どういう意味なのか。

 だが、そこから先を聞こうとしたが既に限界。


 倒れる。

 エーデルワイスは力なくその暗闇にて倒れてしまう。


「兄様!」

 手を伸ばす。

 イベル本人も相当なダメージを負っている。だが、無理を承知でエーデルワイスの元へと寄り添おうとする。


「さらばだ、腐敗した希望達」

 無力な人間達に最早興味を抱いていない。

 サーストンは何の弔いの言葉も残さず、壁画の間から姿を消してしまった。



「かはっ……」

 ラチェットの意識が戻ってくる。

 何かの支配から逃れたように、前のめりに息を荒くし苦しんでいる。


「またっ、俺は……」

 エーデルワイスに続いて少年まで。

「今のは誰だっ……名前、聞こえた……お前は、お前は、お前はっ……」

 目が覚めたその矢先には体力の限界。そのまま意識を失ってしまった。


「坊や!?」

「何度も何度も、何がどうなってやがるんだ……チクショウがッ!!」

 負傷した体を置き上げるスカルとオボロ。

 ひとまず、この状況をどうにかする。外へ助けを呼ぶために行動を開始した。

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