PAGE.238「鋼の鬼、再陣。(その4)」


「ようやく……ようやく現れてくれたか、精霊皇」

 鋼の闘士は歓喜する。

 彼が最も待ち望んだ男。ここへ来た目的の主が現れたことに心を奮わせる。


『……しつこく私を望む声が聞こえると思っていましたが、貴方でしたか』


 声はラチェットだ。いつも聞きなれているちょっと低めの少年の声。

 しかし、そのトーンはいつにも増して大人っぽい。立ち振る舞いも違うベクトルで大人し目な雰囲気を醸し出し、余裕のある口振りで鋼の闘士と向き合っている。


「ラチェット……?」

 彼に訪れた異変。それを前にスカルは驚愕する。


「今……なんて言ったんだい……!?」

 彼だけじゃない。

「なにが、どうなって。坊やは、どうなったんだい……!?」

その場にいた一同が、変貌したラチェットの姿を前に動揺している。


『何用ですか。欲に果て無き、荒ぶる魔物の闘士よ』

「……お前と果たしにきた」

 サーストンの刃が暗闇で煌めいている。


「この数百年、俺はそれだけのために生きてきた。俺の体に傷をつけた一人……精霊皇、俺の全霊を持って、お前に勝利する為に」

 腹に見える謎の切り傷。サーストンはその傷を晒し、尊敬の念をもって精霊皇アルスマグナと名乗るラチェットと見向いている。


『……人類の事も、魔族の事も、未来という概念ですら理性から消え去った本能の化身……戦馬鹿の悪魔め、あの一撃だけでは殺しきれていなかったか』


 見たこともない輝きを放つ剣を持つラチェットは、本人が喋っているとは思えないオーラを放ち続けている。謎の言葉を、淡々と漏らし、魔族を睨みつけている。


『仕留め損ねたのなら次は確実に……貴様は、この世にいてはならぬ欲望の化身だ』


 準備運動がてらに剣を振り回す。素人が振り回すのは到底不可能とも思える剣を豪快に操るその姿、素人とは思えない構え。



(あれが……ラチェット?)


 やはり、様子がおかしいと一同は息を呑む。 

 そこにいるのは間違いなくラチェットである。だが、喋っているのは恐らくだがラチェット本人ではない……別の誰かだ。


「本能のままに生きることは何も悪い事ではない。人間だって同じだろう」

『一緒にするな。お前は自分の欲望のためならば、どのような結末であろうと関係ない。お前は人間と同じという言葉を口にする割には、枷が外れ過ぎているのだ』

「枷など生きる上で邪魔でしかない。ただ息苦しいだけだ」


 最早、これ以上語る言葉は必要ないと捉えたか。会話の途中でサーストンはラチェットに続いて剣を構える。


「貴様も枷とこの世への唱えを捨て去れ……!」


 互いに刃の先端は互いの心臓に向けられている。

 最早、一瞬の油断も許されない。隙一つ見せないサーストンとラチェットを前に、観客である一同の方がプレッシャーで押し潰されそうになる。


『……はぁっ!!』

 先手を打ったのはラチェット……いや、彼に乗り移った誰かだ。

 両手で持つ剣はその身と同じ刀身を持っている。そんな巨大な武器であろうと、何者かは少年の体を使って匠に操っている。


「この捌き、やはり精霊皇で間違いない……嬉しいぞ、またこうして果し合いが出来るとは」

 受け止める。サーストンはその攻撃すらも自身の剣で受け止める。


『私は無念でならない。貴様を仕留め損ねたことに、憤りを憶えている』

「ならば殺しに来るがいい……!! お前の全力を持って、俺に立ち向かえ……そうすれば互いの願いはかなう。違うか……ッ!?」


 振りかぶる。そしてぶつかり合う。

 渡り合っている。少年は鋼の闘士を相手に押し切っている。


 “違う誰かがそこにいる。”


 サーストンと向き合っているのは少年とは違う誰かであるのは間違いない。しかし、サーストン自身はそれに気付いているようで、むしろその“人物”を目的にこの地まで駆けつけたように思える。


(あの男は何を言っている……!?)

 エーデルワイスはその言葉を。その会話をずっと聞いている。


(“精霊皇”……彼が、精霊皇、と言ったのか……!?)

 聞き間違え出なければ、サーストンはラチェットの事をそう呼んでいる。しかもその名前すらもハッキリと口にした。


 アルス・マグナ、と。


 壁画に残された伝説の存在。全ての魔法の原初と言われている精霊の皇。

 姿を消して以降はその行方を知る者はこの世にて一人もいなかった。誰も彼のその後を追いかけることは出来なかった。


 彼だというのか。

 あの伝説の存在……行方をくらましていた精霊の主こそが、この謎多き少年の正体だというのだろうか。


 エーデルワイスは固唾をのみ込み、少年の背中を見守っている。


「……流石だ、流石は俺に傷をつけた男。滾らせる」

 サーストンは歓喜の雄叫びを上げる。

「だが、“燃えない”」

 同時、またも失望の念がこみ上げてくる。


「俺は全霊を持って貴様の剣を破壊した……俺の体に唯一傷をつけた刃、それを果たし、俺は永い眠りについた」

 振り下ろす。

 一撃一撃をしっかりと受け流す、少年の刃に鋼を振り下ろす。


「この世にて一つしか存在たりえぬ不滅の刃はもうこの世にはない……そんな“模造品”などで、この俺を果たせると思うな!!」


『……ッ!!』


 渾身の一撃。

 ラチェットが手にする剣が、瞬く間に砕け散った。

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