PAGE.236「鋼の鬼、再陣。(その2)」


 イベルは両手両足に装備された隠し刃を武器にサーストンへと接近する。


 彼女の身体、振り回される小柄な体が処刑用具そのものである。敵を殺すためだけに。たった一体の殲滅兵器としての存在であると証明するような殺人マシン。

 

 縦横無尽、読み取れぬ感情。予測不能の高速の一撃が雨霰のように鋼の闘士へと浴びせられる。


「ほう……ふむ」

 一発一発。その攻撃をサーストンは受け止める。

 器用な動きを見せるものである。小刻みかつ不規則に飛んでくる攻撃をサーストンはそれに動きを合わせつつ刀の向き、刃を向ける方向を変化させつつ姿勢を変える。


「この気配……ほほう」

 鋼の闘士・ホウセンですら傷一つつけられなかった相手。

 精霊騎士団に所属する戦士の中でも呆れるほどの馬鹿力。彼が本気を出せば大地一つに穴を開けられるなんて冗談かどうかも分からない噂を持つ彼でさえも、その鋼鉄の体を貫くことは叶わなかった。


 イベルの攻撃は不規則かつ変則的でありながらも、その一撃は鋼鉄な皮膚を前にはそこまでの効力は働いていない。

 それ故にサーストンの顔は今もなお、渇いたままであった……ところが、三十七発目の攻撃を受け止めた先に、何処か興味をそそられたような表情を向ける。


「まさかな。精霊騎士団に……随分と時代も変わったものだ」

 サーストンは拳を構える。




「思ったよりは楽しめた」


 抉り込む。

 イベルの小柄な体に、大地をも砕く一撃が出迎える。


「……ッ!?」

 吹き飛んでいく。少女の体は受け身を取ることさえも許されず、ワタリヨの壁画に向かって無抵抗にぶっ飛ばされる。


 臓器を口から吐き出しそうになる。そんな感覚だ。

 殴られた直後に衝撃が伝わったのか、イベルの体には脳震盪に心臓麻痺、粉砕骨折に五感喪失など……ほんの一瞬だけであるが、その症状が一斉に少女の体に襲い掛かった。


 あっという間に意識が飛び出しそうになる。

 口から飛び出した血反吐を拭うことも出来ず、イベルの体はそっとワタリヨの壁画から、はがれたシールのように落ちていく。


「イベルッ!?」

「こいつ……!」

 オーブァムは即座に拳銃を取り出した。

 今、彼に出せる最大火力を拳銃へと送り込んでいく。銃口から放たれる一点集中の魔法は貫通性能も高く、どのような障壁や結界であろうと貫く。

 オーブァムが作り上げたロマンの結晶体。魔法が作られた最古の作法にて、その志向の一撃をサーストンに向けて撃ち放った。


 命中。

 光線はサーストンの胸を捕らえてみせた。


「……ふん」

 だが、通じない。

 オーブァム自慢の一撃はサーストンの体を貫くことはおろか、傷一つは勿論、焦げカス一つすらもつけることは叶わない。


「効いてない……!」

「だったら、これはどうだい!」

 オボロは隠し持っていた爆弾をサーストンに投げつける。

 こちらも遺跡の中で出しても問題のない最大火力で相手をする。生身の体に直接浴びればあっという間に体が蒸発しかねない熱と破壊力の籠った爆弾だ。


「体一つ残らず灰になりな!」


 前進しているサーストンはあっという間に炎に飲み込まれてしまう。

 溶岩を直に体に浴びる程の熱量、鉄球一つは粉微塵になりかねない破壊力。その双方を正面から受け止めてしまう。



「……しゃしゃり出るな」

 その攻撃は“全てが無意味”である。

 ちょっかい程度にしか感じない攻撃を受けたサーストンは舌打ちを浮かべ、オーブァムに急接近。

「雑魚風情は黙ってろ」

 あまりにぬるすぎる攻撃に彼は癇に障ったようだ。表情にこそ出ていないが、その怒りが体全体に込めあがっている。


「ぐぅっ!?」

 イベルに浴びせた威力と全く同じ拳をオーブァムの心臓に浴びせた。

 

 ……気を失う。

 オーブァムは何の反論も許されずにその場で倒れてしまう。


「お前もだ」

 数メートルはあった距離を一瞬で詰め寄っていく。

 あっという間に拳の間合い。完璧な殺意を込めた拳をオボロに浴びせようと振り上げる。


「あぶねぇっ!!」

 体を鋼鉄化。スカルがオボロの体を覆い隠すように盾になる。

「がっ!?」

 スカルはオボロの体を抱きかかえたまま殴り飛ばされる。二人の体は数メートルほど宙を浮いて弧を描くと、そのまま二人揃って地面を転がっていく。


「アンタ、大丈夫かい!?」

「これくらい大したことは……うぐっ!?」

 あらゆる衝撃に対して何のダメージを受けないスカルでさえも唸りを上げている。限界にまで硬化させたはずの体は容易く悲鳴を上げてしまい、立ち上がる気力さえも奪ってしまう。


 ……力の差がありすぎる。

 このままでは全滅は免れない。


「さぁ、そろそろ相手をしてもらおうか……精霊皇」

 サーストンは視線を向ける。




 その視線の先にいるのは“ラチェット”。

 この場にいる誰よりも戦闘力がない。精霊騎士団はおろか、そこら中の魔法使いにすら劣るはずのラチェットにその殺意は向けられている。


「もしかして……俺の事を言っているのカ?」

 少年は困惑している。

 足が震える。普段生意気張りに体を踏ん張っている彼でさえも、その鬼を前に恐怖を覚えている。


「さぁ、あの日の決着を、ここで……!!」

「抹消」


 声が聞こえる。


「抹消、抹消……標的、抹消……!!」

 イベルの声。

「抹消……抹消ッ! 抹消抹消抹消……ハァ、ハァ、クハァアッ……!!」

 しかし、それは普段と違って落ち着きを欠片も失った“獣のように鋭い”声。


「キシャァアアア……ッ!!」


 瞳が、牙が、爪が。

 イベルの体がナイフのように鋭くなっていく。


「やめなさい! イベル!!」

 エーデルワイスの声。

「!!」

 その声を耳にした途端、獣じみた鋭い感覚が彼女の身体から消え去っていく。


「うっ、くぅう……」

 倒れたまま、イベルは優しい声をかけたエーデルワイスを見上げていた。


「……致し方ありません」

 エーデルワイスが頷く。

 何か覚悟を決めたかのように……剣を抜く。


「……精霊よ。どうか力を」

「!!」

 その言葉。エーデルワイスが口にした“祈り”のようにも聞こえる言葉。


「無謀……! 兄様、駄目……!!」

 イベルはエーデルワイスに手を伸ばす。






 直後。

 “エーデルワイスの剣が真っ白な閃光”に包み込まれる。


「エーデルワイス、不肖ながら、お相手いたします」


 この壁画の間を、どうしようもない暗闇を。絶体絶命のこの空気を照らし上げるように、彼の体が閃光に包まれ始める。


 その力は紛れもなく。

 “光の精霊の力”そのものであった。


「……ほほう」

 サーストンの視線もエーデルワイスの方を向く。

 興味の塊。価値のないゴミクズではなく、“一人の標的”としてエーデルワイスを捕らえている。


「さぁ、始めましょう」

 身構える。

 光の剣士・エーデルワイス。精霊騎士団でもない彼。


 光の精霊の力を従える者としての務めを果たすべく……“光の刃”をその手に掲げ、鋼の闘士へと勝負を挑んだ。

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