PAGE.235「鋼の鬼、再陣。(その1)」


 その男、鋼の鬼は幾万もの戦士を斬り捨てた。

 その体には如何なる刃も、如何なる法にも傷つけられることなく、ただ本能の赴くままに数億の戦士を討ち果たした。


 数多くの戦士の間で語られていたその修羅の名は“鋼の闘士・サーストン”。

 鋼の精霊・フォルトレイスを吸収した凶悪なる魔物。この世全ての万物を斬り捨てる悪魔は、千年に渡る戦いの末、精霊皇との果し合いにて、深い傷を負い、姿を消した。


 王都に残された文献に記されている闘いの記録。かつて古代人が対峙した世界の脅威の一人の記録である。


 魔族界の主・魔王直属の大幹部。地獄の門が一人。

 鋼の闘士・サーストン。再び、この世界へと姿を現す……。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「久々だな、精霊皇」

 複数の松明のみで照らされた薄暗い空間。ワタリヨの壁画の間へと現れる脅威。

 鋼の闘士は首を掻きながら、何者かに向けてその言葉を放つ。


「……魔力、異常。存在、間違いない」

 イベルは身構えると誰よりも前へと立つ。王都の遺跡へと現れた前代未聞のイレギュラー、鋼の闘士・サーストンを前に立ちはだかる。

「つまり、この男が……」

 ホウセンとサイネリアから情報は流れている。

 この王都に現れたという“地獄の門”。古代人の記録にも残されている伝説の存在がついにこの世に姿を現したという報告を。


 その情報は信じるに値するか、かつて終わった戦争を前には質の悪い冗談である。

 だが、そのような性懲りもない嘘を精霊騎士団という立場である彼がつくとは思えない。いくら騎士団の中でもやんちゃがすぎる立場の二人であろうとも……その限度とやらは弁えているはずである。


 地獄の門は再び現れた。世界の脅威は蘇った。


 いずれは蘇るであろう脅威。精霊騎士団は千年という長い月日の間、その脅威に対抗する力を残し続けてきた。


 そしてそれはついに……再び、この街に姿を現したのだ。

 千年前と変わらぬ姿のまま、かつての姿から衰える様子を見せぬ覇気を放ちながら。


「この感覚……なるほど」

 サーストンは子供を見下ろし、息を吐く。

「そこの子供と優男……貴様たちも精霊騎士団というわけか。今の世代の、な」

 地獄の門と呼ばれた魔王の部下達は体の中に精霊を取り込んでいる。それ故に似たような力に対しては敏感で即座に気配を感知することが出来る。


「お前が氷」

 氷の騎士・イベルを指さし正答する。

「お前は……ほほう、光か」

 精霊騎士団団長の従者・エーデルワイスは光の精霊に選ばれし戦士と言い当てられる。



「……ッ!」

 エーデルワイスは険しい表情を浮かべる。


「え……?」


 精霊の力を持つ者は精霊騎士団の面々のみ。その中でも桁外れの力を持つとされている“光の精霊”の力は精霊騎士団の中でも最大の力を身ごもる“騎士団長”にのみ授けられてると言い伝えられている。


 即ち、騎士団長以外の男が精霊の力を持つわけがない。ましてや、騎士団長の従者であり、精霊騎士団のメンバーでもないエーデルワイスが、その力を持っているはずがない。


 しかし、サーストンは彼を指した。

 光の精霊は今、彼の体内に身ごもっていると。


「始末、開始する」

 これ以上、サーストンの自由を許すわけには行かない。イベルは片足を踏み上げ、前方で隙だらけに首をかしげているサーストンへと飛び掛かる。


 この遺跡に騎士団が足を踏み入れたのには二つ理由がある。

 一つは遺跡に突如として現れた変化。山奥の遺跡へと現れた異変同様の現象が見られた、その謎の解析のため。


 そしてもう一つは……人並外れた気配察知能力を持つイベルによって、この地下遺跡に“ただならぬ気配”が察知された事。その気配の正体を探るべく、呼べるだけの人員と共に地下遺跡へと突入。


 その気配の正体がついに目の前に現れた。

 それがかつて脅威と言われた存在。古伝に残るほどの敵であることは……予想もしていなかったようだが。


 大いなる脅威を前にしてもイベルはいつも通り表情を歪ませることはしない。ただ、目の前の敵を前に意識を無にして、迷いのない殺意を瞳に浮かべる。

 冷酷無比のツインテールとラチェットから言われるだけの事はある。その姿はまるで人形のように可憐で無頓着である。


「……まぁいい。精霊皇を相手にする前の準備運動には丁度いい」

 サーストンは鞘に収めていた自身の武器を抜刀する。


 先ほどから、意味不明なことばかりを口にする。

 エーデルワイスが光の精霊に選ばれた戦士であるというなど、この場にいないはずの精霊皇の名前をベラベラと口にするなど……サーストンの無法は次々と勝手を許し、そこらの戦士達を置いていく。


「鋼の剣士にはとことん幻滅させられた……お前は、どこまでやれる?」

 ゴミを思うような回想程度に鋼の騎士・ホウセンの戦いぶりを嘲笑い、片隅に追いやる。微笑すら浮かべぬ冷え切った顔からは、その冷淡さが伺えた。


「……襲来!」

 イベルは両手両足に装備された隠し刃を武器にサーストンの頭上へ振り下ろした。

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