PAGE.234「おとぎ話の神様」

「これは……“ワタリヨ”だね」

 オボロは生き物の観覧車の中に描かれている天使の少年の名を口にした。


「ワタリヨ?」

 ラチェットは首をかしげる。


「この世界に存在した神様みたいなもの。精霊皇の次に有名な神様……別名、“観測者”さ」

 数多くの遺跡を探索してきたオボロ。それ故に古代文明の歴史にも結構な知識を蓄えている為に、その雑学を自慢げに話してくる。


「観測者?」

「この世界で起きる出来事、その全てを見通しているとされていた次元の外の住民。誰にも干渉されることなく、そして彼自身も世界に干渉することはない……ただ一人で、この世界を見守るためだけに存在していた神様って言われているよ」

 世界の行く末を見守るだけ。

 その言葉を聞く限りでは、その存在は神に等しいと言われてもおかしくはない。むしろ、神様そのものと断言してもいいだろう。


「……しかし、ワタリヨは実際にいたかどうかは分からないとされています」

 エーデルワイスが壁絵画を見上げながら、返答に補足を加える。


「いうなれば御伽噺の存在だ。学会の考察では、神様なんて存在がいると信じてやまなかった一部の狂った古代人達。そんな彼らが生み出した理想像。妄想で作り上げられた架空の存在と言われています」


 神は存在しない。そう言われていた。



 今でこそ精霊皇は神様と崇められているが、当時の古代人からすれば、彼は神様にも等しい存在として崇められていただけであり、いうなれば一人の精霊として慕われていた。何より、彼の存在を目にした“古代人”が多かったため、その存在が認識されている。


 しかし、ワタリヨは違う。

 当時、神の存在を信じてやまなかった数名は存在した“カルト教団的存在”。そんな集団が勝手に作って崇められた存在……本来存在するはずもない虚しい幻影、それがワタリヨだ。


 精霊皇が実際に存在した英雄とするとなれば、ワタリヨは架空の存在。つまりは御伽噺に出てくる英雄的存在なのである。


「このような場所にワタリヨの壁絵とは……一体、これは何を意味するのだろうか」

 何はともあれ大発見だ。

 これは今すぐ調査を行う必要がある。別の壁画をカモフラージュにして、遺跡の奥深くに隠されていたワタリヨの壁絵画。調査をすれば、何か新しい発見があるかもしれない。


 ワタリヨの壁画は、早々発見されることはないのだ。しかもここまで綺麗に残されたものはとても貴重とされている。


 古代人が残した骨董品である銃を好むオーブァム。彼もまた、学会に所属する好奇心旺盛な学者の一人なのである。思いがけない発見を前に興奮する彼は、また一歩また一歩と壁絵画に近づいていく。



「……接近! それ以上、駄目!!」


 イベルの叫び声。 

 それは何一つ手の付けられていない、松明一つで照らされただけの真っ暗闇のこの空間には酷く反響する。


「なに!?」

 それ故にオーブァムはピタリと動きを止める。


「……索敵!」

 ワタリヨの壁絵画。

 誰よりも先に、イベルはその壁絵画へと近づいていく。


「確保」

 誰もいない。何もないはずの虚空を掴んでいるイベル。


「いや、確保って誰もいな、」





「いたたたたっ!?」

 ところが現れる。

イベルの手の中に……“その人物”が姿を現す。


 学園の制服、赤と青のオッドアイ。

 そして何処か可笑し気な叫び声をしながら大暴れをしている少年。


「何かいた!?」

「お前は確カ……」

 その人物に見覚えのあったラチェットは両手を叩く。


「ああ、そうだ。確かアタリスに付きまとっているというストーカー」

「ストーカーではない……同志だ」

 何やらポーズを取りながら格好をつけているが、イベルの腕力によって首を掴まれ宙づりになっているその様子では微塵も格好がついていない。


「質問。なぜここにいる」

「いたたたっ! 離せ! まずは離して、お願いします!」

 イベルからの容赦ない尋問にアタリスのストーカーは徐々に素へ戻っていく。


 確か名前はコピオズムだ。

 アタリス曰く、超人の真似事をしている可笑し気な少年だそうだ。


「ごめんなさいっ! お宝の匂いがしたもので、こっそり忍び込んで」

「学会の包囲網を掻い潜ったのか……」

 この遺跡に入るまでには厳重なセキュリティがかけられている。その上、昼間であるこの時間は人も多く、視界も入り混じっている。


 そんな中、それを逃れてこの場にまでやってきたのだという。


「そういえば、目に映った標的の視覚と聴覚をコントロールする魔衝を持ってるって聞いたゾ。一度捕まえちまえば問題ないみたいだが」


 しかし、よくもまあ発見できたものである。

 視界や聴覚を操作され、完全に視認を不可能にした状態にされていたというのに、その先手を気にすることなくイベルはコピオズムを捕まえた。


 これには拍手喝采も夢ではない。


「全く……」

 学園長的な立場を任されているエーデルワイスも、学園の生徒が組織の施設に不法侵入なんて前代未聞の悪戯を前に頭を悩ませている。


「コピオズム君。少しお話が」

「待ちたまえ、話せばわかる」

「いいですから」

 校長先生直々の説教が始まろうとしていた。


 焦るコピオズム。笑顔で起こるエーデルワイス。そして無表情のイベル。

 収拾がつきそうにない状況にこれにはラチェット達も苦笑い。


 ……もう帰っていいだろうか。

 そんなことを思ったラチェットは不意に来た道を振り返る。




「……ッ!!」



 背筋が凍る。



 ラチェットの目つきが鋭くなる。


「!!」

 イベルもその気配に感づく。絶対に逃がさないと捕縛していたコピオズムを解放してしまう。それほどの電流が走る。







「……また会えたな」

 帰り道に立ちはだかる。


「“精霊皇”」

 修羅。鋼の剣士を容易く甚振った最悪の剣士。




 最強の魔物の一角。

 鋼の鬼が、平然とその場で首を鳴らしていた。

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