PAGE.229「迷えるロンリーガール(後編)」

 コーテナ、ルノアの二人は青髪の女の子を連れて、王都のアチコチを連れて回っている。


 王都学園や学会は勿論、レストランや噴水広場、公園に古文書売り場など、何処かしらには連れていく。

 ダウンタウンとアルカドア周辺に行くのだけはやめておいて欲しいとラチェットからは釘を刺されている。アルカドアの施設付近に関しては今も騎士団によって調査こそ進んではいるが、何も起きないとは実にいいがたい。

 

 ダウンタウンはそもそも論外だ。女の子三人だけで怖いお兄さんやおじさん達が蔓延るエリアをウロチョロ。当然何も起きないはずもなく……。

 酔っ払いに絡まれるのだけでも面倒なことになりそうだ。臆病なルノアがその場面に出くわしたらパニックできっと大変なことになる。そもそも、あんなに屋上な彼女が自分からあそこへ近づくとは思えないが。


 行けるところには行った。数時間ほど、有名な場所だったり、個人的に用事がある場所だったりと、目星のつけていた場所は大まかに回った。


「どう、何か思い出した?」

 記憶喪失の少女と同じ視線の高さに合わせる為、ルノアはそっと座り込んで話しかけてみる。

「……ううん、思い出せない、わ」

 しかし、少女はふるふると首を振るばかり。

 親の顔、何処から来たのか、そもそも王都出身なのかどうか……微塵も彼女は思い出せはしない。


「駄目かぁ~」

 コーテナは近くのベンチに腰掛けた。

「うーん、やっぱり無理なのかな……」

 そもそも、騎士団が調査に回ったというのに結果が出なかったのだ。王都中調査がまだ行き届いてないにしろ、二日ほどかけて結果が出ないという事はそういう事だ。


「……」

 少女は自身の服の裾を掴んで震えている。

 初めて会ったときはボロボロのワンピースを着ていたが、今は騎士団がそこらの服屋で調達した新品のワンピースを着ている。中には子持ちの女性騎士も何人かいるようで、持ち込まれた衣服はどれも可憐なものである。


「やっぱり不安だよね。何も思い出せないのって」

 コーテナは震える少女に話しかける。

「ボクも一緒だからさ」


 記憶喪失。彼女の過去。

 それは友達となったルノアはある程度本人から言い聞かされていた。


 物心ついた時には、彼女は小さな村の屋敷に引き取られていた。両親の顔は愚か、どこで育っていたのかも思い出せず、根強く残る記憶は家畜以下の扱いを受けたあの地獄の日々。

 

 肥料のような料理を食べさせられ、住み着く環境もカビや油虫が漂う泥濘の牢獄。そんな彼女に許されたのは軽い魔法の勉強程度だった。

 さすがにアルカドアの人形計画の素材にされそうだったあの事件の事までは話はしなかったが、その話だけでも彼女が如何なる地獄を味わっていたのかは分かる。


 記憶がない。地獄を抜け出した今でも、彼女は自身の謎を追っている。

 コーテナの心配は実に胸を深く抉るものがあった。明るい笑顔が眩しい彼女も、この話のときになると、やはり強がるような苦い笑顔になってしまっている。


「……辛かったんだよね、コーテナちゃんも」

「うん。辛かったよ」

 記憶がないことを、当然今も軽く恐怖に覚えている。


「でも、今はラチェットに皆、それにルノアもいる! だから、記憶がなくても全然怖くないよ!」


 コーテナは心配そうな表情を浮かべたルノアに抱き着いて頬ずりをする。子犬のような愛らしい仕草でのスキンシップ。ラチェットにやろうとすると、いつも照れ隠しで引きはがされてしまうために、ダイレクトに決まるのはレアな経験。


「コ、コーテナちゃん。くすぐったいよぉ~」


 だけど、ルノアも恥ずかしいのは事実であった。引きはがす事こそしないが、心配させまいと気遣っているコーテナの行動に軽く悶えていた。


「……名前、は憶えていたの?」

 ふと、ルノアは気づく。

「うん、コーテナって名前だけは憶えていたんだ。どうしてか分からないけど」

 コーテナという名前はあの村の長につけられた名前ではないことは憶えている。屋敷に引き取られる前、朦朧としている記憶の中でも”その名前”だけは頭に刻まれていた。その名前だけは、忘れてはならないと言わんばかりに。


「……名前も、思い出せないの?」

 ルノアは視線を少女へ戻す。

「うん、思い出せない」

 もしかしたら、名前は憶えているかもしれない。ほんの少しでも、記憶の片隅に残っているのではと思っていたが、やはりそう上手くは話は進んでくれないようだ。少女は力いっぱいに首を振るばかりである。


「いつまでも……名前もないのは不安、だよね」

 いつまでもこの少女に向かって、君と言い続けるのも他人行儀すぎる気がする。正確には他人ではあるのだが、こうも距離を明けすぎるのはダメな気がしたのだ。

 記憶がない、名前すら思い出せない。この少女はそのことを不安に思っている。一人ぼっちで震えているのだから。


「……っ」

 するとどうだろうか。少女は両手をグっと、二人を見つめている。

 ”名前”を待っているようだった。おねだりをする犬のように見つめている。


「名前、かぁ~」

 ネーミングセンスがないわけではないし、アドリブが効かないわけではない。だが、こうして即興に名前を考えるという行為。真剣に考えるとなってコーテナはうんと頭を悩ませる。



「……”フローラ”!」

 ルノアは”名前”を与える。

「フローラ、はどうかな?」

「フローラ、って?」

 どういう意味なのか、コーテナは首をかしげる。


「古代文字で”花”って意味らしいんだ。変、かな?」

 響きがいいにしろ、名前に古代文明を持ってくるのは古臭かっただろうかと首をかしげる。


「ふろーら」

 少女はその名を聞き返す。

「フローラ」

「……フローラ、いいわ。フローラっ! フローラ!!」

 どうやらお気に召したようである。少女はその名を前に目をダイヤモンドのように輝かせていた。


「良かった。じゃあ、記憶が戻るまではフローラって呼ぶね!」

「うん! ありがとう!」

 フローラはルノアに抱き着いた。


「ルノア”お姉ちゃん”!」

「!!」


 ”ルノアおねえちゃん”。

 その言葉を前に、一瞬ルノアは固まる。





「……うん、君から見れば、私はお姉ちゃん、だもんね」


 少女は嬉しそうに少女の頭を撫でる反面。








 少し、気まずそうな表情も浮かべていた。

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