PAGE.228「迷えるロンリーガール(前編)」


 少年ラチェットは驚いたことが幾つかある。


 まず、ルノアと共にやってきた少女の事についてだ。


「……」


 水のように透き通った青い髪。何処か透明感のある光沢を纏う髪はその少女に妖精のような可愛らしさとあどけなさを与えている。


 美貌、そして可憐。その事についてはまだ二の次である。


「?」


 ……でかい。

 女性特有。男なら誰もが気にしてしまうあの部分の大きさが異常なのだ。


 身長はルノアより小さいぐらいと小柄の一歩手前くらいの身長である。いうなれば、お子様からちょっとだけワンステップ上の女の子の大きさなのである。

 だが、その身長には随分と見合わぬ大きさのアレ。一体どのくらいの大きさがあるのだとラチェットはコーヒーを飲みながら眺め続けている。


 ラチェットは色欲がないわけではない。かといって、著しく欲に正直というわけではない。並大抵くらいの欲を持っている程度であり、それを周りの人間とシェアしようとまでは至らない。つまり、“むっつり”である。


 そんな彼であっても、やはり気になるモノは気になってしまう。

 あんなに小さい女の子にどうしてあれだけのサイズが引っ付いてしまっているのかと。女性の体のテクノロジーとはどうなっているのだろうかと疑問符の嵐が頭の中で散りばめられてしまう。


「……うーむ」


 それともう一つ。気になる事。

 ルノアが連れてきたというこの少女。その子の事について、彼女とコーテナは仕事の邪魔にならないようガレージの片隅にて話し合っている。


 なんとあの少女達。

 青い髪の女の子の“名前”も“素性”も知らないと言い出したのである。


(迷子、とは言っていたガ……)


 その事実には驚いていたのだが、何よりも彼が驚いたこと。

 あの女の子自身も、自分の事について名前も素性。それどころか何処で生まれて、何処で育ったのかという記憶すらないと言い出したのである。


(なんなんだ、アレ……?)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 話を聞くには、さかのぼること数日前の事である。

 ルノアとコーテナが街中に買い物へ訪れていた際、道端で女の子が倒れていたのだという。その人物こそ、その例の青い髪の女の子だ。


 空腹のあまり、体力の限界で倒れていたらしい。

 コーテナとルノアは慌てて青髪の女の子を近くのレストランに引き連れ、空腹を満たすばかりの御馳走を大至急注文する。


 空腹を満たしてもらったところで事情を聴いたようだ。


 青髪の女の子は……自分の事を何も知らないのだという。つまりは“記憶喪失”ということだそうだ。

 元々は何処かも分からない大地を歩いていたようだが、彷徨っている最中にこの街へ迷い込んでしまったのだという。慣れない環境に耐え切れなくなった女の子は空腹も相まって体力の限界、そのまま気を失いかけていたようだ。



 ……正直、聞くに信用するに値しない。

 まず背丈からして普通の子供。そんな子供が野生動物や魔物が徘徊する大地の平原のど真ん中、一人で散歩をしているとは思えない。

 

 迷子。親子連れからはぐれたか。その線が正しいのかもしれない。記憶喪失の一点が本当である可能性もあるが……。



 とりあえず、コーテナ達は少女を騎士団の元へ連れて行き、その身柄を保護してもらったのである。一般兵の憲兵達は心優しく引き受けてくれて、今も少女の事について調べ上げているようだ。


 だが、ここ数日をもってしても何の情報も得られなかったらしい。

 ルノアも女の子の事で力になれないかと模索。学園が再び開校されるまでの時間は女の子の事について調べるのを手伝うことにしたようだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 コーテナにもその協力を煽ぎに事務所へ来たのだという。

 話の流れ的にはコーテナも喜んで協力するという話で収まっている。何か手掛かりになるモノが街の中にないかと探索を始めるようだ。


「……しっかし、デカいよな」

「ああ、デカいナ」

 しかし、何度も思う。

 でかい。やっぱりでかい。体の構造ガン無視の大きさに何度も言葉を漏らす。


 ラチェットとスカルは不可思議すぎる肉体を前に二人揃ってコーヒーを飲み込んだ。


「じゃあ、次の方~」

 最早人生相談室の感覚。複数人の男性客をもてなしているオボロは次の順番の人を呼び込んでいた。

「……失礼」

 次にやってきたのは騎士甲冑を身に纏う少女。可愛らしいツインテールを尻尾のように靡かせながらガレージへと入ってくる。


「あれ、お嬢ちゃんは確か……」

「うぇっ!? 精霊騎士団!?」

 スカルが思わず声を上げる。

  

 次の客人は想定外。なんと精霊騎士団のメンバーの一人・イベルがやってきたのである。


「どうしたんですかい!? 世界をまたにかける精霊騎士団にも悩みがあるんですかい!?」

「……問題、ある。兄様、忙しくて相手、してくれない」

 しょぼんと肩を落として悩みを打ち明ける。

 イベルのいう“兄様”とは、騎士団長ルードヴェキラの側近の騎士であるエーデルワイスの事を指している。ここ最近の多忙さに兄妹水入らずの時間を得られない為に不満を覚えているのか頬を膨らませていた。


「……訂正。本題、そうじゃない」

 我に返ったかのようにイベルは片手を揺らしながら今の悩みをキャンセルする。

 どうやらお悩み相談に来たわけではなく、別の要件でやってきたようだ。


「……謝罪。連続、申し訳ないけれど……ここに仕事、持ってきた」

 イベルは持ち運んでいたバッグの中から一枚の紙きれを取り出す。

 精霊騎士団から送られてきた直々の仕事であることが記載された証明書である。


「……迷惑、じゃない?」

「そんなわけありますかい! 喜んで!」

 スカルはその書物を快く受け取った。

 間髪入れずにやってきてくれた一獲千金のチャンス。勝利の女神は今も変わらず惚れてくれているとスカルは涙を流しながら、その依頼を承諾した。


「……対談、現場、で行う。これから時間、ある?」

 首をかしげ、スケジュールに難がないかを聞いてくる。


「空いてますとも! なぁ、ラチェット!」

「俺も行くのかヨ!!」

 コーヒー片手にラチェットは反応した。


 ……どのみち、今日も自分の事やこの世界の事について調べる事くらいしか考えていなかったのだ。結果を言ってしまえば暇であるために、ラチェットはその仕事を断る理由は特にない。


 呆れながらもラチェットはその言葉に首を縦に振った。


「現場、直行」

 ソファーから立ち上がるとイベルは二人を現場へと連れていく。

「おおっと、待っておくれよ。準備ってものがある」

「着替えてくル」

 外出するのなら準備の一つは二つ当然ある。ラチェットに至っては寝間着姿のままなのだから着替えくらいはさせろと一言残して一度去っていく。



「コーテナ、お前はそっちでその子の親探しカ?」

「うん、アチコチ連れて回ったら、何か思い出すんじゃないかなって」

「そうか、気をつけなヨ」


 頭を掻きまわしながら、アクビと共にコーテナに背を向ける。



「……ラチェット!」

「ん?」

 呼ばれたラチェットはそっと振り返る。


「ラチェットも気を付けてね? 最近、本当に元気がないようだから」

「あぁ」

 向こうも向こうで気遣っているようだ。

「問題ねぇヨ。コーヒー飲んだおかげで御覧の通りだ」

 目覚ましのカフェインとは偉大なものだ。おかげでドンヨリしていた脳裏やグッタリしていた肉体もテンションが上がっている。心配の必要はなしと一言残してラチェットは上の階の自室へと向かっていった。





「……」

 一人、アウェイな空気の中、二人の準備を待つイベル。

「……?」

 イベルの視線はガレージの隅っこにいる三人の少女へと向けられている。


「錯覚、気のせい」

 イベルは一言だけ呟くと、近くの椅子に腰かけた。

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