PAGE.230「シスター・ロスト」
一日中、街を駆け巡ったが、やはり記憶が戻ってくることはなかった。
限りを尽くしたが駄目。といっても、特に権限もない女の子二人で街全体をかけ回す事さえも不可能だし、行ける場所にもかなりの限度がある。
やはり、こういったのは騎士団に任せた方がいいのかもしれない。最も王都中に手を回せる、騎士団に……と口にすれば終わってしまうだろうか。
当たり前の事であったとわかっていても、手を貸せずにはいられなかった。骨折り損とはわかっていも動かざるを得なかった。
……とはいえ、やはり妙な気分になってしまうのも無理はない。結局のところ、大人に甘えてしまうあたり、無力さを味わってしまったように、何処かどうしようもない気持ちをルノアは浮かべてしまっていた。
「ふぅ~」
コーテナはそこらで買ったジュースを片手に息を吐く。
少女を連れ回すことに不満こそないにしろ、やはり一日中王都を駆けまわったとなれば疲労も溜まる。一日の疲れ、そして汗っぽく蒸せた体を冷たいジュースで誤魔化していた。
「コーテナちゃん、ごめんね。今日は一日中付き合ってもらって」
「ううん、いいよ~。ボクも、フローラの事はどうかしてあげたいって思ってたし」
結果は不発にこそ終わったが、コーテナは残念という気持ちを浮かべるだけで、やはり不満はないようだった。
「……うん、フローラの事はどうにかしてあげたい」
ルノアは隣のベンチで同じくジュースを飲んでいるフローラを見つめている。
「ルノア、本当にお姉ちゃんみたいだね」
すると、コーテナは奮闘する彼女を前に微笑みかける。
「こうして一生懸命になるところ、フローラのお姉ちゃんだよ」
「……そう、かな」
彼女からの不意な賛辞。
意外にもルノアの反応は……何処か曇ったような表情だった。
「あれ、ルノア、どうかしたの?」
「ううん、大丈夫だよ」
とは言いつつも、やはりルノアは気まずそうな表情を浮かべたままだった。何か嫌なことを思い出したように、そっと胸をなでおろしている。
「……実はね」
あまりこういう空気を続かせるのもよくないが、変に不安を残すのもよくないと思った。ルノアは心中を友人であるコーテナに明かすことにする。
「妹がいたんだ」
”妹”がいた。
その言葉は……”過去形”である。
「私と一緒で引っ込み思案ではあったけど、私よりは外で精いっぱい遊んでる子だったんだ。ヤンチャ、って言えばいいのかな?」
妹を語るルノアの姿は、それこそ”姉”のよう。
「……だけど、妹は病気で亡くなった」
その最中、ルノアは私服のスカートを力強く掴む。
「何処の医者に頼っても治せない。数十万人に一人発症するかしないかの難病だった……今も治し方が判明していない病気で。医者の人たちも限りを尽くしてくれたんだけど、その病気は治らなくて……十歳になる前に、死んじゃったんだ」
ルノアの体が震え始める。
無念。悲哀。その感情が表情に強く表れている。余程、その妹の事が大切だったのか、今にも思い出して泣きそうになってしまう。
「!」
ルノアの体がすっと引き寄せられる。
「ごめん……辛い事、思い出させて……!!」
気が付けば、ルノアの顔はコーテナの胸元に寄せられていた。
まるで自分の事のように、コーテナはルノアよりも先に涙を浮かべて、悲しい表情を浮かべていたルノアの頭を撫でている。
「ううん、大丈夫だよ」
そっと彼女から離れ、ルノアは微笑みかける。
「ありがとう、コーテナちゃん。本当に、優しいんだね」
妹の死は確かに悲しい事ではあった。でも、もう過去の話である。いつまでも引きずっていくわけにもいかない。そんな強い意志を見せたのだ。
「……あの子、私の妹にそっくりなんだ。違うってわかってても、どうしても重ねちゃって」
瓜二つ、とまでは行かないが、その雰囲気は本当に彼女の妹にそっくりだったのだという。最初に会ったあの時から、その事実に動揺を隠せなかったようだ。
「力になってあげたいって、思っちゃって」
彼女は妹ではない。それは分かっている。
これは姉らしい一面としての行為ではない。昔の罪滅ぼしという意味でもない。これはあくまで、一人寂しく迷っている子供を助けたいという純粋な心なのだ。
そう言い聞かせて、ジュースを飲み終えたフローラを見つめている。
「そろそろ、騎士団のもとに連れて行かないと、ね」
もうすぐ孤児院の門限を迎える頃である。引き取られているフローラもこの時間には孤児院に返さなくてはいけないのだ。
約束の時間が近い。ルノアはそっと、フローラの手を引いた。
「……お姉ちゃん」
フローラはルノアの体に抱き着いて来る。
「私、お姉ちゃんと、一緒にいたい」
「……え?」
引き離そうとするが、離れる気配がない。
ぐっと、ただ強く、ぐっとルノアの体を抱きしめたまま、動こうとしない。
「フローラ! お姉ちゃんと一緒に寝るわ!」
「えぇえええええーーーーっ!?」
思いがけない展開。思った以上に懐かれていた。
ルノアの叫びが、王都を染める夕闇の空へ間抜けに響いてしまっていた。
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