PAGE.218「熱帯夜に浮かぶ魚影(その1)」


 アトリエでは明日の仕事について何でも屋代表のスカルとラチェット、先にこの島に送られていたエージェント、ステラとシアル、ミシェルヴァリーの五人で明日の仕事内容について最終確認を行う。


 マーキュリーが言っていた通り、後日の仕事は、海で一日中遊び惚ける事よりも疲労がたまること間違いなしの重労働だ。早めに打ち合わせを終了させて、各自眠りにつきたいところである。

 

 ただ、その前にラチェット達には“枕投げを楽しんでいる一同”を鎮めなければいけないもう一つの重労働が待っている。ああいったはしゃぎすぎるテンションが苦手なラチェットには荷が重いの一言に尽きる。


「……ん?」

 ふと、窓から星空を眺めていたミシェルヴァリーが声を上げる。

「どうした」

「……あれは一体」

 星空を指さす。

 彼女の指さすその先には……謎の影がこちらに迫っているような風景。


「大変です!」

 リビングにシルファーが駆け込んでくる。

「敵襲です! 敵の正体は不明!!」

「敵ですって!?」

 ステラは驚きのあまり眼鏡をずらす、慌てて眼鏡の位置を戻した後に、お約束の指パッチンで意識を整える。


「……ここら一体の魔物は全て駆逐したと聞いたはず。取りこぼしがいたのかしら?」

「そんなハズは……とにかく手を貸してください!」


 シルファーは敵の奇襲を退けるために外へ脱する。

 異常事態を察知したステラは勿論、上司である彼女に従ってシアルとミシェルヴァリーも慌てて外に出る。


「あいつらには伝えるカ?」

「それには少し遅すぎたな」

 上の階から静かにリビングへ現れるアタリス。

 人形のように可愛らしいベビードール姿。見た目の幼さ故に可憐さを感じさせるが、中身が長く生きている年長の少女である為に怪しげな色気を放っている。


「コーテナ達は既に眠っている。限界を迎えた内気な少女が先に眠ったのを連鎖に全員、それを追いかけた」

「分かんねぇな、あいつらのテンションの凹凸……」

 無理にでも起こすべきかもしれないが、突然の騒ぎにギャーギャー喚き始めたら、エージェント達の行動の疎外になりかねない。


「彼女達の事は私に任せるがいい。一匹たりとも、ここには近づけさせん」

「すまん! 助かる!」

 スカルは先に外へ出たエージェント達を追いかける。


「……」

「どうした?」

 ただ一人、アトリエで佇んでいたラチェットにアタリスが声をかける。

「いや、何にもねぇヨ」

 上の空だった意識を取り戻すと、何かを誤魔化すように彼はその場から立ち去った。


「……ふむ、事情は知らぬが、今は探るべきではないか」

 アタリスは自分にそう言い聞かせると、眠りについている子供達の護衛を受け持つために上の階へと戻っていった。

 多少なり、子供らしい大きなアクビを口にしながら。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「私とミシェルは空から攻撃する! シアルは援護をお願い!」

 ステラは白衣の胸ポケットに潜めていた金属板を数枚取り出すと錬金を開始する。魔法反射に最高硬度、生半可な魔法や迎撃程度では易々と沈まない。

 錬金魔術の怪鳥。それを作り上げるとミシェルヴァリーを乗せて一足先に空へと飛行した。空からの大打撃を試みる。


「了解した」

 シアルは制服の内側に隠してある大量のホルスターに保管された魔導書に次々と触れる。空で暴れまわる黒い飛行物体迎撃のバックアップに映る。


「……俺達はどうするかねぇ」

「決まってるダロ。変に前に出て邪魔をするくらいなら、ここを守るゾ」

 アタリス一人いれば問題ないとは思うが、彼女にだけ負担をかけるのは、後で“気が利かない”と愚痴を吐かれそうだ。

 それはムカッ腹が立つから避けたいと願うラチェットはアクロケミスからサブマシンガンを取り出した。


「あれ、敵は空にいるわけだけど、俺って何か役に立つ?」

「さあナ」

 無駄口を叩きながらも、エージェント部隊達が撃ち漏らした相手をこちらも漏らさない様にとスタンバイをしておく。

 あの黒い飛行物体はこのアトリエを攻撃しようとしている。何の目的があって、襲撃を図っているのか分からないが、理由はどうであれ迎撃させてもらう。


「あれは一体……」

 一足先に外に出ていたシルファーが息を吐く。

「おい、あの黒い物体は何なんだ?」

「わかりません。私達が島に来た時にはいませんでした」

 誰よりも先にこの島へ来ていたというカルボナーラ一味でさえも知らない謎の敵。やはり、何でも屋スカルの旅先には常にアクシデントが死神のようについて回ってるようだ。

 呆れを通り越して笑えてしまう。最早、ギャグに一つにでも数えられそうだとラチェットはマシンガンを構えておく。


「おい! 一匹こっちに来るぞ!」

「させません!」

 シルファーはその場で片手を広げる。

 風だ。風が彼女の手のひらの上に集結していく。


 ……あれはアクセルの魔衝と同じものなのだろうか?

 ラチェットはマシンガンを片手にその風景をじっと見つめている。


「いけっ!」

 シルファーの手のひらで集まった風は不思議な形に形成されたように見える。密集した風は暗闇の虚空を切り裂きながら、アトリエへと迫る一体の影へと発射される。



 切り裂いた。一体の壁を真っ二つに切り裂いた。

 それは風の刃。標的を一瞬で引き裂いてしまう風のナイフであった。


「おお、随分と器用な事を」

「次が来ます!」

 思ったよりも数が多い。

 黒い物体は次々とアトリエへと向かってくる。


(……気のせいか)

 最初は黒い物体が夜の背景に溶け込んでいて上手く視認が出来ず、あの物体が何者なのかを確認することが出来なかった。しかし、長く目を凝らしていると次第にその暗闇に目が慣れてきてしまう。

 

 空を飛ぶ黒い影。

 そして、地面に落ちてくる謎の襲撃者……その姿をラチェットは視認する。


(この黒い影……)

「一体何なんだよ、こいつら!?」

 空から次々とやってくる黒い影。それを風のカッターで切り裂くシルファー、マシンガンで撃ち落とすラチェット、二階のベランダから灼却の眼で燃やし尽くすアタリス……そして、仕事もなくてタダ突っ立ってるだけの悲しいスカル。


 乱戦の中、ラチェットは黒い影の正体と思われるものに息を呑む。


(この影……)

 ラチェットは思う。

 正確には肉眼に収めたことがあるわけではない。その姿は……写真で幾つか見たことがあるくらいの形。

(“戦闘機”の形をしてるよナ……!?)

 もしかしなくても、その姿は日本で言う戦闘機。

 空戦仕様の飛行機の形をしているような気がした。

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