PAGE.217「サマータイム・ミッション(その5)」
「はっ! はっ!」
アトリエの外。木陰に隠れて刀の素振りを続ける少女の姿。動きやすいように結ばれたポニーテールが風と共に揺れている。
コヨイだ。彼女は休む間もなく刀を振り続けている。
……ずっと、この場で修行を続けていたのか。寝間着姿に着替えていた皆とは違って彼女だけ水着姿のままである。汗を掻いても気にならないので、むしろ彼女的にはその姿のままの方が丁度良いのだろう。
「おっ、やってるやってる」
そんな彼女の元にカルボナーラの船長であるソージがやってくる。
「海に来てまで修業とは精が出るねぇ。着替えもせずに」
この島に来てから、彼女は水着に着替えてこそいたが、頃合いを見て近くの岩場に姿を消して、滅多に体験することがない環境にて鍛錬をしていたコヨイ。その姿をソージはずっと、その目で見ていたようである。
皆の遊びに加わることもなく、一心不乱に走り込みと素振り。その他柔軟運動と体を鍛えること以外参加していなかった彼女の姿を。
「……お久しぶりです、ソージさん」
コヨイは素振りを止めると、いつにも増して、礼儀正しく頭を下げて挨拶を交わす。
「ああ、半年ぶりくらいか?」
ホウセンの腐れ縁、そしてホウセンの弟子。一人の騎士関係で繋がりのあるこの二人はもしかしなくても面識はあったようである。
「中々別嬪になったじゃないの……どうよ? 俺の愛の修行を受ける決心はついたかい?」
アロハシャツの胸に刺さっていたハワイアンな一輪の花を片手にプロポーズ。見境なしはあながち嘘ではないガチな告白でソージはウインクを交わす。
「すみません。私には師匠がいますので」
「あっはっは、またフラれちまった」
頭に手をやりながらソージは愉快そうに笑っている。この様子では、ここ数回の面識の際にもセクハラじみた冗談のプロポーズを仕掛けていたようである。
「……すみません。修行に集中したいので」
一言断りをいれたコヨイは再び素振りへと戻っていく。木刀でも模造刀でも何でもない、本物の剣を手に取って。
「おいおい、他の子達がキャッキャしてる中でお前だけ一人寂しく修行ってか? 少女にしては、かなりお堅いんじゃないの? ちょっとばかしさぁ?」
「お気になさらず」
ソージの言葉に聞く耳持たずで修行を続ける。
コヨイの表情は何処か見えない方向を向いているようだ。一心不乱というか、何か焦りを見せているというべきなのか。焦点が一瞬定まっていないを繰り返している。
「……何があったか分からねーけどさ」
そんな彼女を見兼ねたのか、それなりに長い付き合いであるソージはさっきまでとは違う態度で声をかける。
「急ぎすぎるなよ。お前は俺から見ても良い女だ……ホウセンが悲しむような真似だけはやめておけよ? お兄さんからの忠告ってな」
一言言い残し、ソージは空を見上げている。
……それに対し、彼女は何の返答もしない。
(ダメなんですよ、それじゃ)
ただ一つ、それに対し苦い表情を浮かべるだけ。
(そんな余裕じゃ……私はまた負けてしまう)
あの日の事を。
刀一つ抜かれずに敗北を喫したあの屈辱。何もできずに負けたあの恥辱に体を蝕まれてしまう。
彼女の身体には……彼女にしか理解できない何かがとぐろを巻いていた。
「ソージ、大変です!」
静かな空気を切り裂く声。シルファーが息を切らしてやってくる。
「どうした? 俺の顔でも見たくなったか?」
「外に、外に……」
「何焦ってるんだよ。ここ一体の魔物は俺らが倒しただろ。息の荒い原住民でも住んでたか?」
大笑いしながら疲れ果てている少女をソージは笑う。
「……います! 何かいます!」
しかし、シルファーの表情は冗談を笑っていられる状態じゃないほどに切羽詰まっている。
「真っ黒い何かが……こちらに迫っています!」
「!!」
ソージの表情が変わる。
シルファーの焦り様、そして島に現れたという何者か……彼も何かを感じたようである。
「シルファー、それが何者なのかはわかるか?」
「わかりません。真っ暗で、何も……」
「場所は何処だ?」
「ここから少し離れたジャングルの上空にいます! もし、魔物だとしたら……皆さんのいるアトリエへと向かっていくかもしれません!」
割と冗談では済まない状況のようだ。元は無人島、テーマパークでも何でもないこの島には必要最低限の灯しか用意されていない。突如現れたという黒い何かの正体も分からず、視認も出来なかったためにここまでの侵入を許してしまった。
「あっ」
一瞬だけ聞こえた木の葉の音。嫌な予感がしたソージは、さっきまで聞こえていたはずの素振りの音が消えた方向へと視線を戻す。
気が付けば、コヨイの姿がそこから消えている。
「……やれやれ、元気が良すぎるのも大概だな」
頭を掻きながら溜息を吐くソージ。
「シルファー、皆を頼む」
ずっと片手に握っていた刀。ソージはジャングルの暗闇の中へと姿を消していった。
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