PAGE.215「サマータイム・ミッション(その3)」
海だ。水着だ。パラダイスだ。
常夏の楽園にて少年少女達は経験したことのない海遊びに熱を帯びている。水をかけあう少女達、砂浜をかける少年。何処を見渡しても笑顔の絶えない素晴らしい世界だ。
「……」
そんな中、ただ一人、海に足をつけたまま一歩も動かないラチェットの姿。
そうだ、見てお分かりの通り……普段の彼から察するに、周りのテンションの高さについていけないようである。普段ドライに過ごしているラチェットにとっては温度差が違い過ぎて戸惑いを見せているのだ。
「これ以上進んでいいのカ……波に攫われたりしないよナ……?」
それに彼自身、海へ遊びに来ること自体が初めてだ。
クロヌスに迷い込む前……自動車整備工場の休憩所にて、テレビで流れているお昼の特番やふと目を通していたカタログ雑誌、そこに映る海の映像をボチボチと眺めていただけの彼。初めての海遊びに挙動不審を隠せないでいた。
「それっ!」
ただ一人佇んでいる中、コーテナが両手で救った水をラチェットにかけてくる。
「つめタッ……」
「ほらほら~! 攻めてきなよ~!」
反撃の隙を許してやると両手を広げてコーテナは攻撃を待つ。
「……それでは、お構いなく」
「うひゃぁっ!?」
後ろからの奇襲。コーテナ同様にかけてきた水鉄砲。
アタリスだ。相変わらずの悪戯心での不意な一撃は大成功。おかしな声をあげたコーテナに満足そうな笑みを浮かべている。
「やったなぁ~!」
コーテナはアタリスへの反撃を開始した。相手は正面から勝負を受けたのでお構いなしに大量の水をかけあい始める。
水着姿の少女二人が海の上でじゃれあう姿。それは非常に愛らしい光景である。
「随分と大人しいな。お前」
戸惑っている様子を見せるラチェットの元へアクセルがやってくる。
「もしかして、海が苦手とか?」
「ああ、イヤ……こういうのに慣れなくてナ」
海で遊ぶのも初めてだし、こういうテンションとやらも持ち合わせていない。どう接すればいいのか分からないことに戸惑っていることを正直に告げる。
「どう動けばいいのカ」
「はっはっは! 任務とかじゃないんだ、気軽に遊べばいいんだよ!」
___一応、任務という意味合いではあるんですけどね、ここへ来た理由は。
そんな野暮のツッコミは必要かどうか、ラチェットは一瞬頭をよぎった。
「沢山遊んでおかないと、家の仕事で来れなかったロアドに申し訳ないからな!」
アルカドアの事件以来、ドラゴンライダーの荷物運搬の仕事は更に多くなった。家族総出での仕事がほとんどとなって自由行動がごっそりと減ったロアドは今回も海に行く権利を泣く泣く見逃すしかなかったのだ。
仕事だし仕方ないと割り切っていたが、ロアドの涙はガチだったのは覚えている。彼女の表情からは怨念にも近いものを感じた。
「相当行きたがってたよナ、アイツ」
「ああ、だから気分だけでもって言って、その日は水着で仕事しようかって言ってたぜ」
___痴女か何かか。
突然空から水着姿の女性がドラゴンに乗って登場とかどのような風景なのだ。想像するだけでも青少年の教育に悪い。
「そういえば、うちのところも海に行けずに喚いていた奴がいたナ」
「ああ、オボロさんだっけ?」
何でも屋の新メンバーとなったオボロ。しかし彼女は自らが破壊した山岳の付近にあった施設の損害費などを全額支払うまでは王都からは出られないという制約を騎士団に罰として貰っている。
そのため、王都の外である海へは彼女は顔を出せないというわけである。その悔しさを唸りながら、現在は何でも屋スカルの事務所の留守番を担当しているとのことだ。
「そいつも、“気分だけでも”とか言いながら、水着で仕事するって呟いていたナ」
「あっはっは! こりゃあお土産買ってきてやらないとな!」
オボロが吐いた言葉は冗談ではあるかもしれないが海に行きたかったのも事実だろう。せめてもの海土産を持って帰ってやろうとスカルとは話をしているので大丈夫だ。
何気ない話で盛り上がる男性陣。その周りでは女性陣が次に経験できるかどうかは分からない海遊びを満喫している。
ルノアとクロは砂遊びをしている。ルノアは泳げない為に水辺に近づきたくないとのことであり、クロもあまり海へは近づきたくないと口にしていた。
コーテナとアタリスは今もなお戦闘中。次第に発射している水の量が増えているような気がするがそこは気にしない。
楽しそうだ。
あの事件以来、皆の顔には曇りがかかっていたが、久しぶりの笑顔を浮かべている少女達の姿を見て、心のどこかでラチェットはほっと胸を撫でおろす。
「あれ、そういえばコヨイは?」
「修行するってさ。向こうの岩場に籠ってるよ」
そういえば水着姿だというのに刀を持っていたのを思い出す。護身用程度に握っていたのかと思っていたが、結局は剣の稽古のためだったようだ。
それぞれ違う楽しみ方。海には沢山の遊び方がある。
ラチェットも自分なりに楽しめる方法がないかを探り始めていた。
「やぁ、ラチェット君」
声が聞こえる。
後ろから聞こえた声にラチェットとアクセルは振り向いた。
コーネリウスだ。皆と同様水着姿で愉快そうな笑みを浮かべて手を振っている。
……その横には同じく水着姿のフェイトとエドワードがいる。
フェイトは元々表情が整っている美人とだけあり、その肉体も芸術性が高く綺麗なスタイル。水着姿も色っぽさというよりは綺麗という言葉が似合う。さすがは学園で完璧才嬢とだけ言われていることはある。抑えめに羽織ったカーディガンが、控えめな印象も際立てる。
そんな彼女は相変わらずの険しい表情でラチェットを睨みつけている。
「……なんだヨ」
魔王の素質がある人物だと疑われている。それはアクセルの大声のおかげでしっかりとこの耳に通していた。
船長代理であるマーキュリーの話によれば、フェイト達も例の仕事の為に特別に派遣されたようである。
……何でも屋に頼まれた仕事とは違う別件をおそらく抱えている。
それはきっと魔王の素質がある人物と疑われている者の監視。ラチェットはそれを疑っているからこそ、フェイトを前にして今までにない警戒心を募らせていた。
「……すまなかった」
ところが開口一番の言葉は思ってもいなかった言葉だった。
謝罪。あの学園ナンバーワンの生徒であるフェイトがしっかりと頭を下げて、ラチェットに謝罪をしてきたのである。
「お前を学園襲撃の犯人だと疑った時があった。その事について詫びよう」
「お、おお……そうカ」
どうやら、魔王の素質がある人物として以外にも、アルカドア襲撃事件に一枚噛んでいる関係者とも疑われていたようだ。結果として、事件には全く関係なかったため、そこは一つの間違いとしてしっかりと謝罪をするという礼儀を見せてきた。
「……その様子だと、話はやはり聞いていたようだな」
フェイトは頭を上げると、ラチェットが例の事を知っていると悟る。
あれほどの大声だ。いくら少女の相手に気を取られていたとはいえ、それに気づかないほど鈍感かつ鈍耳ではなかったかと告げる。
「お前も、まだ疑ってるようだナ」
謝罪こそ終えたが、その目から未だに敵意が残っているように思える。
別の世界から来たというイレギュラーの存在。魔力がないはずなのに魔法を使える体。特異すぎる事が起き過ぎている故に自身の事をよく知らないラチェットも完全には否定できない状況。
「疑うなら疑えばイイ。好きなだけ監視すればいいサ」
だからこそ、彼女の行動を否定しない。
真実が分かるまでは好きなだけ調べればいいとラチェットは告げる。
「ただし、またアイツらが泣くような真似をしてミロ……それとは関係なしに容赦はしねぇからナ。それだけは覚えとケ……ッ!!」
仮面の下から見える、フェイトと同様の敵意。
実力差があろうと関係ない。結果がどうなろうと、そこにはそれ相応の反応が返ってくることを忘れるなと宣戦布告。ラチェットは奮える怒りを胸に秘めながら、スカルの状況を見に行くためにその場から離れていった。
「……心がけておこう」
ラチェットの言っている言葉をフェイトは理解している。
コーテナのピンチを悟っていたのに手を出さなかった事。クロに伝えなくてもいい真実を伝えた事。それ故に生む必要のない悲しみだけが生まれてしまった。
フェイトはそのことに対して返事だけはする。
その心内では……必要な事だったとその行いを否定しない見解が秘めているかもわからない。何処かモヤモヤする返事であるが故にラチェットは小さく舌打ちを交わしていた。
「……」
砂場で巨大な城を作っているクロはその様子をじっと眺めている。
「どうしたの、クロ?」
「いや、何でも」
視線を城に戻し、作業へと戻ることにした。
……あと数時間でもすれば、人間一人は内側に入れるであろう巨大な城の形をしたドームが完成するのだから。
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