PAGE.214「サマータイム・ミッション(その2)」


 王都から離れた海の孤島。

 ヤシの実に真っ白な海岸、そして仄かに香る潮の匂いに波の音。そこは誰もが一度は夢見る絶世の海景色。


「ここが、海……」


 こんな素晴らしい景色を見てしまったならば、少年少女達の心には当然……逃れることも逆らうことも出来ない感情が芽生えるわけである。


「海だーッ!!」

 水着姿に着替えたコーテナ達が海岸の真ん中で両手を上げて熱狂している。

 当然だ。海賊船カルボナーラにいた代理船長ことマーキュリーも言っていたが、こういったリゾート地に来れるのは本物の富豪か貴族だけとされており、人生に一度、プライベートとして遊びに来るという夢が叶ったのならば充分と言えるほど貴重な経験なのだ。


 王都に属する湾岸は基本的には漁船や港などで埋まっているために遊べる状況ではない。水着で遊べる場所なんて近辺の川か湖、そしてプール施設くらいである。

 ……プール施設も貴族と富豪の嗜みくらいでしか足を運べないらしいが。


 コーテナにルノアにクロ、そしてアクセルにコヨイは人生初の遊覧目的OKの海を前に大はしゃぎ。中には人生初水着を経験出来て更に熱を増す輩もいる。


「お前等~、はしゃぐのはいいが、仕事でここにきてることを忘れるなよ~?」

「そうダ、そうダ」

 仕事目的だという念をしっかりと捨てていないスカルとラチェットが子供達に注意を入れる。


「……その姿で言えた事か?」

 彼女達同様、堂々の水着姿で。アタリスは呆れた目つきで男性陣を眺めている。

 そんな説得力のない姿を晒していれば当然指摘される。彼等も海で遊んでみたいという欲望に抗えず、結局その姿に着替えてしまったようだ。


「だって、船長さんが『せっかく島に来たんだから、ちょっと遊んでからもバチは当たらない』って言ってたし!」

 コーテナは目をキラキラさせながら両手を振っている。

 ショートパンツ着用のビキニタイプ。とてもスポーティーな格好をしているコーテナは嬉しさのあまり太陽に負けない輝きを増している。その瞳も太陽を反射させた虫眼鏡のように輝いている。


「なら、お言葉に甘えないと勿体ないだろ!」

「ちゃ、ちゃんと仕事もしますので! はい!」

「そうですそうです」

 コーテナに続いてアクセル達も反論する。

 これだけの用意周到ぶり、出発前日にはきっとワクワクしながら水着を買いに行ってたのだろう。その雰囲気がバリバリに伝わってくる。


 ……かく言う、ラチェット達も念のためにと水着を買いに行っていたわけなのだが、完全に遊ぶ目的の品になってしまった感が否めなかった。



「ガキどもの言う通りだな」

 ……論議を醸す一同の元に一人の男が現れる。


 アロハシャツにも似たような上着。その下はスーツのようなスラックス。頭はワックスか何かで逆上げた上にサングラスというバカンス気分全部乗せの青年が現れる。

 見た目だけ見れば完全に観光スタッフか何かである。この島で現地ツアーでも開催しているのだろうかと言いたくなる。


「お堅い事ばかりじゃ気分も滅入るだろ。ちょっとくらい遊んだって王様も雷は落とさないだろうって」

 サングラスを外した青年はニカッと笑っている。その男も遊ぶ気満々であることを援軍であるはずの彼らに促していた。


「もしや、アンタが」

「ああ、俺がカルボナーラの船長“ソージ”だ。わりぃな、一足先にバカンスを楽しませて貰ってたぜ」

 このウカれた青年こそが、ホウセンの知り合いだという男。


 その名は“ソージ”。クロヌス全域にて活動しているという賞金稼ぎ。

 世界で名高い賞金首達をその手で捕え続け報酬を総舐め、その舞台は海であろうと空であろうと駆けつける。

 海賊船カルボナーラも海の上で活動している海賊達を捕らえる為に用意した自前の船であり、空に関しては旅の途中で飼いならしたというドラゴンを利用して追いかける。何処にでも駆けつけるその姿、賞金首の間では“死神”と恐れられている強者だ。


 精霊騎士団であるホウセンとは腐れ縁らしく、立場で言うならばホウセンは兄貴分で、ソージはそれについて回っていた弟分だそうだ。ホウセンが騎士団に所属する前、故郷でブイブイ言わせていた頃からの長い付き合いで、常に背中合わせで活動していたようだ。


 ……確かに彼の弟分だという事が伝わってくる。

 ここまでの自由ぶり、本当に兄弟のように思えてしまう。


「んまあ、まずは楽しんで行けよ。仕事なんてその後でボチボチと」

「ソ~ウ~ジ~……!!」

 愉快気に語りを続けているソージの背中から新たな人影が。

「いつまで遊んでる気ですか!? もう、ここに来てから二日は経過していますよ!? そろそろ、怒られますからね!!」

「いててててッ!?」


 突如現れた人影はソージの背中にしがみつくと、ペンチに匹敵する力で頬を抓り、上半身はブーツを履いた足で縛り上げていく。

 木の葉を想像させる緑色の髪。ソージよりも林檎数個分くらいの身長の少女が怒鳴り声をあげながら説教をかましていた。


「えっと、その人は?」

「ああっ、“シルファー”って名前でな。俺の嫁だ」

 痛い目にあいながらもメンバー紹介を怠らない船長ソージ。


「誰が嫁ですか!」

 その言葉を聞いた途端に怒りがさらに増したような気がした。その対応からしてどうやら嘘のようである。


 ___しかし嘘でよかった。

身長差からして年齢差があるようにも思えたから、幼な妻を好む趣味を持ったヤバイ奴かと思う所であった。そんな趣味の人間が本当にいるのかと。


「あっ、シルファーと申します。このような姿勢で申し訳ありませんが初めまして」

 姿勢が姿勢でありながらも、生真面目に少女は自己紹介をしてきた。

 当然、それにはスカルとラチェットも紳士的に礼で返答する。


「あと数時間だけ! なっ、いいだろ!?」

「せめて、終わってからにしてください……!」


シルファーに掴まれながら次第にフェードアウトしていくソージ。あれをいわゆる夫婦漫才というのだろうかと心内でラチェットは思っていた。あの少女は彼の嫁であることは否定していたけど。


「というわけで行くぞお前等!」

 シルファーの言葉が聞こえていなかったのか。


 アクセル達はソージの言っていた都合のいい言葉にだけ反応を示し、未知なる海の世界へと飛び込みに行ってしまった。

 はしゃぎすぎて溺れない様にだけ注意をしておくことにしよう。


「私も行くとするか」

 一方、落ち着きのある様子でアタリスも海へと向かって行く。


 ドレスのようなパレオが風に靡く真っ黒な水着。本来ならば子供の体系であるアタリスには全くと言っていい程似合わないはずの大人の水着なのだが……似合ってしまうのは、彼女の普段の行いのおかげだろうか。

 完全に着こなしている。人生の大先輩と言えるだけの事はある。


「お前は行かないのか」

「俺まで行ったら仕事の打ち合わせが出来ないダロ。それともお前も遊ぶ気かヨ」

「まぁ、遊びたいのはやまやまだが、お前の言う通り仕事はしっかりとやらないとな……だがいいのか? あれ?」

 スカルは面白げにコーテナの方を眺めている。


「おーい! ラチェットもおいでよ~!」

「彼女を待たせていいのかい?」


 笑顔で手を振って彼を待つコーテナ。こういった場所に来たのだから、やはり一番の友達と遊びたい気持ちは芽生えるもの。


「仕事の話くらいパッと俺がまとめといてやるよ。お前もうら若き少年なんだ、大人ぶってないで遊んで来い」

「おわっト」

 背中を押し出され、ラチェットは慣れない砂場に足を奪われながらも姿勢を整える。


「さぁ、いこ!」

 そんな彼を支えるかのようにコーテナが駆け寄ってくる。

 ラチェットの両手を掴んだかと思うと、皆のいる方まで引っ張られていく。

「おい待てコーテナ。おい、ちょっと待てッ……」

 彼の静止など聞く耳持たず。ラチェットは何の抵抗も許されることなく、皆のまつ常夏のパラダイスへと連行されてしまった。


「青春だねぇ」

 スカルは満足したように頷くと、一人小屋の中へと仕事にとりかかることにした。

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