PAGE.211「辻斬り魔は笑わない(その4)」


「では見せてもらおうか。その力とやらを」


 先程とは違う雰囲気。

 今までの戦いは軽いデモンストレーション。準備運動がてらの軽い模擬戦だったかのよう。それほどまでに今のサーストンからは絶望的な威圧が伝わってくる。


 ___勝てる気がしない。

 すべての人類が絶望を抱くその姿に、その地にいた一同が息を呑む。


「お前が、」

「サーストン」

 黒い刃が振り下ろされようとした瞬間。


「いますぐに、止めろ」


 あたり一面に、電流が迸る。


 黒と緑。特殊な材質で出来上がったボディスーツを身に纏い、ヘルメットのような鋼鉄の被り物をした謎の人物。


その姿は影が動いているようで、その中身がどのような人物なのか一切読み取ることが出来ない。


「邪魔を、するのは」


 さっきまではそこになかったはずの何者かがサーストンの背後に立っている。


「騒ぎを起こし過ぎだ。総がかりになれば処理が面倒だ。いったん引くぞ」

「……マックス、か」

 サーストンは静かに黒ずくめの何者かの名を告げる。


「なんと、間の悪い」


 黒ずくめの何者かの命令を耳にすると、さっきまでは聞く耳持たずで振り回していたはずの黒い剣をあっさり引っ込めた。


 ホウセンとサイネリアはまたも現れた謎の介入者を前に剣を構える。

 アクセルに至ってはコヨイを背負ったまま突っ立っているだけだ。次から次へと衝撃的な事が起こりすぎて、思考すらも無意識に放棄している状況だった。


「俺は俺の好きにやる。お前だけ引けばいい」

「勝手な行動ばかりやられては困る……仮に、“魔王様”に被害が及ぶ事が起きればどうするつもりだ」

「……ちっ」

 サーストンは誰にでも聞こえるくらいの大きな舌打ちをかます。


「お前にはしっかりと舞台を用意してやる。魔王様の器の広さに感謝しろ」

「……不憫だな。この体に取り込まれている“精霊”とやらは」


 魔王。取り込まれた精霊。

 さっきまで置いていかれていたアクセルでさえも、その存在を心のどこかで何者なのかを認識出来てしまった。


「お前等、やっぱり……!!」

 サイネリアの半信半疑は確信へと変わった。

 世界最強の精霊騎士団が狼狽え、翻弄されるほどの腕を持つ魔族。それだけでも信憑性は高かったが決定打に欠けた。だが、この魔族達の会話にてそれは確信なものへと変わった。


「そのまま逃がすと思って、」


「逃がすと思ってるのですか」


 精霊騎士団が言葉を発するよりもラチェットに乗り移った何者かが声を上げる。

 

 自由奔放なサイネリアにホウセン。

 そんな二人が……ラチェットの言葉を遮ることは許されないという謎の波動に見舞われる。



 ただ、その場にラチェット一人。

 その場の空気とは逸脱とした存在になった彼が魔族の二人を威圧する。


「我が同胞の恨み、世界の悲鳴……私はこの数年、一片たりとも忘れた覚えはない」


「申し訳ないが、今はお前の妄執に付き合うつもりはない」


 黒ずくめの魔族・マックスはラチェットの言葉に冷酷な返答。


「どのような手を回しているかは知らないが……数年後を楽しみにしておく。その時にいくらでも相手をしてやろう」

 マックスの姿が一瞬にしてその場から消え失せる。


「……また会おう。近いうちにな」

 サーストンもマックスと同様、瞬き一つも残さぬ速さでその場から消え失せた。




 ラチェット一人が剣を片手に佇んでいる。

 戦場となった王都の何気ない通路の真ん中。その怒りの波動をぶつける相手もいない虚空へと向け続けている。


 一体誰なのだ。

 彼に乗り移っている人物は一体誰なのかとアクセルは震えあがっている。


「……はっ!?」

 ラチェットは声を上げる。

 まるで何か悪夢から目覚めたかのように。自身の体を縛っていた何かから解放されたかのように体が軽い痙攣じみた動きで揺れる。

「なんダ、何だ、今の感覚ハ……?」

 正気に戻っているように見える。

 ラチェットは自身の頭を押さえながら混乱しているようだ。


 一体何があったのか。この頭の中で何が起きたのか。

 

「うっ!?」

 頭の中にまた目の前とは全く関係のない景色が映り込む。


 燃え盛る街。燃え盛る大地。

 燃え散る命。人々に動物、そしてそのどちらとも違うような姿をした生き物達。


 何処かで見たことがあるような記憶がある風景。

 その景色から畳みかけてくるのは……阿鼻叫喚と絶望に染まった心の嵐。


「がっ……ァアアっ……ガァアっ!?」

 壊れたロボットのよう。それはノイズなのか、呻き声にも近い声を上げながら、壊れそうに悲鳴を上げ続ける頭を押さえつける。


 仮面。仮面から伝わってくる謎の映像。

 我慢ならないラチェットは今までの出来事など気にすることなく仮面に手を伸ばす。



 だが、外れない。

 どう足掻いても、その仮面は外れる気配が一切ない。


 ただ、痛みだけが体を支配していく。

 心や精神の痛感など、最早軽い麻痺感覚でしかないはずの心が絶望で蝕まれていく。体の中で黒いモヤが毒蛇のように体に巻き付いていく。


「どうした、坊主!?」

「おい、しっかりしろ!」

 サイネリアとホウセンが苦しむラチェットに寄り添い、必死に自我を取り戻させようと声をかけ続ける。


「ラチェット! おい!!」

 

 声。仲間たちの声。

 絶望の景色の中から聞こえてくるのは世話になった騎士達に、一緒に勉強をしてきた学友の声。


 景色が消えていく。

 黒いモヤが次第に体から消えていく。


「俺は……俺は……」

 

 ラチェットの頭の中で張り巡らされる言葉。



 俺はどうなった。

 俺の体に何が起きた。

 俺に一体何が襲い掛かったというのだ。





 ___俺は一体、何なのだ?





 閉じた。

 ラチェットの意識は、前と同じように再び途切れてしまった。

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