PAGE.212「地獄の門」
王都から遠く離れた大地。
砂嵐が降り荒れる荒野の砂丘。その中で二人の人影が嵐をものともせずに進んでいく。
鋼の闘士・サーストンと名乗った魔族の鬼。
そして、それを連れ戻しにやってきた黒づくめの魔族・マックス。
二人は砂嵐の中を進んでいく。
「マックス」
静かな荒野の旅。サーストンがふと口を開く。
「……奴は回収しなくてよかったのか」
「そこまで難解ではない。計画は全う出来るだろう。気にする必要もない」
不意な質問にマックスは即答する。
「それに今回は奴が要になる。俺達は奴の監視が仕事だったが……主のせいで台無しになった。しばらくは去勢しろ」
「……ああ、考慮する」
承諾ではなく考慮。
何処かまだ反抗しているような素振りを見せるサーストンにマックスは砂嵐で全く聞こえない溜息を吐いた。
「行くぞ」
無駄口を叩く時間はこれ以上ない。質問タイムが終わったところで、マックスは再び静かに砂嵐の中を進み始めた。
「……もう一度、会いには行く」
サーストンはマックスも聞こえない小声で。その胸の内だけに留めておくつもりだった想いを昂る感情のあまり声に出して漏らす。
「【精霊皇・アルス=マグナ】」
サーストンはマックスを追うように、砂嵐の中を進んでいった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
王都の医療施設。
そこには意識を失ったラチェットがベッドで横になっている。
医者の話によれば、精神に多少の問題はあったようだが、体などには一切の異常もなく、突然のショックに耐え切れずに気絶しただけとのこと。ただ眠っているだけなので、数分もしたら目を覚ますとの診断だった。
医療部屋ではサイネリアにアクセル、そして医者から包帯を巻いてもらうなどの応急処置を終えたホウセンがいる。
先程までの暴走が嘘のよう、安らかに眠っているラチェットを見つめ続けている。
コヨイの方も問題はないようだ。戦闘不能には追いやられていたが、致命傷は避けたのかラチェット同様に気を失っているだけ。目が覚めるまではラチェットのいる部屋とは違うところで休ませてもらっている。
無言な空気。
思いがけない侵入者の登場に騎士団の二人は焦りを見せているようだ。
「……ディジーの負傷。聞いたか」
「ああ、聞いた。そいつもあのサーストンと名乗る魔族が原因みたいだな」
「天下の精霊騎士団が二人揃ってこのザマ。これじゃ先代様に顔向けできないねぇ」
ホウセンは自分に対し情けないと自虐じみた笑みを浮かべる。いつもの軽快な雰囲気こそ出ているが、それよりも無念という感情の方が大きく見え隠れしていた。
震える騎士団。
いつもは余裕の表情を見せる騎士団を見てきたアクセルだからこそ、この状況の異常さにはどれだけ馬鹿であっても感づいてしまう。
「なぁ、教えてくれ!」
そして、当然聞きたくもなる。
あの悪魔は一体何者なのか。騎士団がそれほど危機を覚える相手は誰なのか。
「あの魔族は一体」
「……サイネリア、流石に教えていいだろ。変に探られるとあとで面倒だぞ」
答えを求めるアクセルの懸命な頼みを前にホウセンは頭を掻きながら承諾を求めている。あの男が一体何者なのかという真実を話す許可を。
「……わかったよ。いいか、絶対他言無用で頼むぞ」
今から話すのは精霊騎士団レベルの上層の人間しか知ってはいけない極秘の内容。周りに言いふらせば、場合によっては王都全体が揺らぎかねない事象であることを知った後で話を聞くようにと入念の注意を払う。
それに対し、アクセルは静かに首を縦に振る。
「……地獄の門。それは奴等幹部の名称だ」
「幹部?」
アクセルは首をかしげる。
「魔族界戦争。私達の先代である精霊騎士団が戦った魔族界。魔王と呼ばれる存在が率いる魔族の軍勢だった……魔族が窮地に立たされたその時、魔族界側は一つの切り札として対抗手段をとった……それが、魔王の配下の中でも最高レベルの実力を誇る悪魔……八人の幹部たち」
「なっ、それって!?」
アクセルは頭の中で一つの答えには到達していた。
そして、サイネリアから聞いた言葉のまま。導かれていた答えと全く同じ返答に思いがけず戦慄を浮かべてしまう。
それは、ここ魔法世界クロヌスの伝記にも残っている魔族界最強の存在達。
人の手には負えない強さを誇った八人の魔族。精霊騎士団に力を与えていた、八体の精霊を取り込んだとされ、更なるパワーを手に入れたとされる究極の魔族達。
「地獄の門。それは奴等の名称だ……魔王へと続く道を塞ぐ、厚すぎる壁」
地獄の門。魔王への道を塞ぐ最高の壁。
精霊騎士団でさえも手を焼いた……魔王の幹部。
「戦争が終わった後に行方不明。数体は消滅が確認されていると言われているが、その他は生死が確認されていない……まさか、本当に生きていたとはな……!」
精霊騎士団が存在し続ける理由。それは魔法世界クロヌスを魔族達の残党から救うため。世界が間違った方向に行かない為の抑止力として存在し続けている。
しかし、それ以外に最大の理由がある。
魔法世界滅亡の危機へと追い込んだ最強の魔族達。その存在が今も残っているかもしれない。その存在に対しての対抗手段として、今も尚、精霊騎士団はその力を次の世代に受け継ぎ続けてきたのである。
だがあくまで噂。あくまで御伽噺感覚で考えていたのも事実。
本当に数百年前以上の歴史的存在がこの時代に現れるとは思いもしなかった。
だからこそ震えた。だからこそ狼狽えた。
世界の脅威が何の前拍子もなく現れたことに怯えたのだ。
何処か覚悟が生半可だったからこそ、サイネリア達は戦慄したのである。
「うう……」
ラチェットが目を覚まそうとしている。
「……ラチェットは一体どうなったんだ」
「分からない。体には何の異常もないらしいし……あの場で何が起きたのかも理解できない」
サイネリアはこの会話を止めるために終止符を打つ。
「決定的な何かを掴めるまではしばらく監視を続ける……こいつは一体何者なのかを」
しばらくは様子を見る。
正体を掴める決定的なものを見つけるまでは迂闊に真実を告げない方がいいというのが騎士団の見解であることをサイネリアは告げたのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラチェットを送るため、アクセルは彼に同行する。
無言の時間。気まずい空気がずっと流れている。
「……アクセル」
ラチェットは静かに口を開く。
「本当に何も知らないのカ?」
「……ああ、俺はあの場から逃げちまったからな。騎士の命令通りにな」
自分は何も見ていないとアクセルは告げる。
だから、ラチェットの体に何が起きたのか。そもそも、そんな出来事があったのかと苦し紛れの言い訳を繰り返した。
アルカドアの研究施設での出来事も、ラチェットが急に気を失っただけだと片付けられている。ウィグマの暴走はその後駆け付けた騎士達の手によって終止符を打ったという事になっている。
今回の魔族の件についても、その場にいた騎士団達でどうにか対処して退くことに成功した。と、事実は違うでっち上げで誤魔化していた。
突然変異したラチェットの事は何一つとして告げていない。
突然気を失った。それだけだとアクセルは一点張りを繰り返す。
「なら、いいんだガ……」
幸い、ラチェットは何者かに乗り移られていた時の記憶がない。警戒こそされているが、決定的な証拠を掴めていないこの状況で、嘘のダメ押しは満を持して通じているようなものだった。
「……!!」
帰り道を歩くラチェット。
彼の瞳が……道の行く先を捕らえる。
誰かいた。
気を失う前、何度も現れた謎の天使らしき人物が一瞬だけ視界に入った。
「待テ!」
うっすらと消えていくその姿。
ラチェットはその場に駆け込むが、既にその姿はいない。
「お前は誰だ……一体誰なんだヨ!?」
「ラチェット……?」
必死に叫んでいる彼の姿。
“しかしその周りには誰もいない”。
誰もいない虚空。定まることのない視界、その面を振り回しながらラチェットは叫んでいる。
「お前は……誰だッ!!」
暴走するラチェット。
「落ち着け、ラチェット!」
それを必死に止めるアクセル。
……一体どうなってしまったというのだ。
何が何だか分からない何者か。それに取りつかれたラチェットの姿を思い出す。
彼の体に何が起きているというのか。
アクセルはただ、真実を迂闊に話せない歯がゆさを覚えながら、彼を止めることしか出来なかった。
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