PAGE.210「辻斬り魔は笑わない(その3)」
サーストンの口元が微かに緩む。
突然の乱入者。見た目は仮面をつけた変わった趣味の少年にしか見えないはずの子供を相手に心が躍っている様に見える。
剣劇が始まる。
遅れていない。目にも止まらぬ速さで刃を交えてくるサーストンのスピードに遅れないレベル……下手をすればそれ以上の速度でラチェットは刃を突き入れてくる。
「ラチェット……?」
アクセルはその姿に違和感を覚える。
彼の魔法の腕はアクロケミス以外は論外、肉弾戦に至っても喧嘩慣れしていない為にレベルが低い。主にダメ押し関係の攻撃手段しか用いないはずのラチェットが、綺麗な姿勢を描きながら突如取り出した刃でサーストンと互角に戦っている。
彼が剣を使えるなんて話は聞いたことがない。それに剣なんて武器は素人が振り回せる武器なはずがない。実はセンスを秘めていたという理由を持って来るにしても、その動きは王都に所属する騎士なんかも翻弄できるほどのものである。
刃を交える姿、その綺麗な姿にこそ違和感も覚えるが、アクセルが決定的に感じるのはそこだけではない。
「あれは、本当に……アイツ、なのか?」
面構えがいつもと違う。
いつもは気だるげな表情をしていることが仮面越しであろうとも分かる。ところがその表情はいつも違って凛としているような、何処か透き通ったようなクールな表情を浮かべているような。
まるでそこにいるのがラチェットではないような感覚。ラチェットの姿をした何者かが目の前の魔族と戦っているような気がしてならない。
剣劇の最中、二人は一度距離を取る。
互いに剣を構える姿。その瞳は実力ある剣士へとそれぞれに向けられている。
「……嬉しい限りだな。やはり生きていたか」
サーストンは黒の刃を虚空に振り上げる。
血を払った。今までは気にすることもなかったはずの疎外物を払いのけたのである。目の前の戦士の正体を悟った途端にである。
「……お前達も、蘇る頃だとは思っていた」
ラチェットがサーストンに対して口を開く。
おかしい。やはり様子がおかしい。
気だるげな声、何処か癖のある喋り方をしていたはずのラチェット。だが、その声はハッキリとした物言いであり、普段の彼とは思えない真っ直ぐさがある。
別人が喋っているようだ。
心なしか、仮面から微かに見える瞳。睨みつけるように半開きだった瞳もしっかりと開帳。目の前の標的を睨みつけている。
「ようやく動き出したか……魔族共」
サーストンの剣劇により痛めつけられた剣をその場へ放り捨てる。
……直後、またも彼の間近の虚空が歪み始める。
この世界では珍しいとされている銃火器以外の装備をラチェットは取り出す。先程捨てた剣と全く同じものを新品同様の状態で取り出したのだ。
「お前には借りがある……覚えているか」
「その生で受けたというたった二回の屈辱。私の場合、その胸の傷、でしたね」
「覚えていたか」
サーストンの胸に大きく刻まれた傷。
あらゆる剣であろうとも傷一つつかないはずの鋼の肉体に何故かこびり付いている生々しい傷跡のことについて二人は触れる。
「屈辱……というよりは、一種の興味だ」
サーストンは黒の刀を再びラチェットに差し向ける。
「初めてだった……俺が初めて、“殺す相手”だと認識出来た相手だ。お前は俺にとって生きる理由の一つとなった」
一歩、また一歩距離を詰めていく。
ラチェットもそれに対して、一歩ずつ足を進めていく。
「この数百年、磨き上げてきた体。ようやく試す時が来た」
ラチェットとサーストン。二人の刃が再びぶつかり合う。
「そうか」
またも、あのデタラメな一撃を受け止めて見せる。
「なんだ!? 何がどうなってる!?」
「仮面野郎……一体、どうしたんだ……?」
何が何なのか。アクセルは勿論サイネリアでさえも分からない。
ラチェットは一体何を喋っているのか。初対面であるはずのサーストンは何故ラチェットと親し気に話をしているのか。そもそも、この二人は一体何の話をしているというのか。
二人が口にしているのは、まるで“思い出話”だ。
過去にお互いに何かあったような。ここにいる誰もが知らない何かを、ずっと前の事を口にしているような。
まるでラチェットが、“数百年前のこの世界に生きていた”ような喋り方。
「だが、残念だ」
サーストンはぶつけてきた刃に何処か失望の念を浮かべる。
「お前の剣は俺が過去に破壊してみせた。既に無双の剣はこの世に存在しない……お前が手にしているのは、それに似せて作った模造品だな」
レプリカ。ラチェットが手に持つ剣は複製品だと言い放つ。
ホウセンの一撃を正面から受け止める硬度を誇る黒い剣。その一撃を数回も真正面から受け止めた剣に対し、偽物などという言葉を言い放つ。
「そんなもので……俺は斬れない」
剣が破壊される。
ラチェットの剣が、黒い剣によって容易く斬り落とされた。
「他人の体を借りるほど衰弱もしているようだな……そんな無力な子供の体一つでどうにか出来ると思っているのか」
“他人の体を借りる”。
アクセルの思惑通り、今サーストンと戦っているのはラチェットではない。
彼に乗り移った何者かだ。
「……無力な子供と言ったか」
ラチェットに乗り移った何者かが重く口を開く。
「この男は……“選んだ男”だ」
拳を強く握り、乗り移った器の胸を叩く。
「“変革の兆し”だ」
「ほほう……」
サーストンは再び黒の剣を差し向ける。
「では見せてもらおうか。その力とやらを」
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