PAGE.209「辻斬り魔は笑わない(その2)」


「鋼の闘士……サーストン、か」

 ホウセンはその名を聞くと無言になる。

 いつも通りの豪快さ、いつも通りの自由さ、いつも通りの適当さ……見たことのない震えを催すホウセンに、今その雰囲気は一切感じられない。





 ホウセンの体は震えている。

 ホウセンの足も震えている。

 ホウセンの拳が震えている。





「……まさか、俺が相手をする事になるとは思わなかった」

 その震え。未知なる脅威に怯える弱者の震えではない。


 喜びと言えるのか。若干の恐怖を抱いてはいるその表情は歓喜と言えるのか。

 その複雑さ故に断定できないホウセンは……どうであれ、間違いなく“笑ってる”。


 これは恐怖ではなく武者震い。侍を思わせるその風貌通りのままの戦士としての震え。

 ホウセンは刀を鞘から抜き取り、サーストンと名乗った男へと足を進めていく。


「サイネリア、あいつらを頼む」

 同僚である騎士に子供達の避難を優先させる。

「奴の言ってることを信じるのか?」

「本当か嘘かどうかはまだ分からない……だが、奴からは普通の戦士とは全く違うオーラを感じる。強者であることは間違いない……本当だとしたら、“光栄”でしかないな」

 刀を両手で構える。


「あの伝説上の存在とサシで勝負できることにな……!!」


 今までにない緊張感。

 ホウセンとは些細な事で言い合いや漫才を繰り広げているサイネリアでさえも狼狽えるこの状況。そこから感じる異常な空気。


「……お前が望むのなら手は出さない。だが」

「分かってる。その先はお前のやりたいようにやれ」


 サイネリアとホウセンは距離を離していく。

 距離をとったサイネリアは、負傷したコヨイへ駆け込んだ二人の元へ赴くと、ここから離れるようにと無理やり促していく。反論の余地も許さない。


 決して足を踏み入れてはいけない。

 ……そこは常人が踏み入れてはいけない世界。極致と修羅の頂の領域。



「おい、あの角付きは一体何者ダ」

「今はわからねぇ……だが、近づくな」

 サイネリアはその返答に対し答えこそしない。いつも通り適当な返答でこそあるが……危機感すらも感じさせる緊張ある返答にラチェットは息を呑む。


 目の前にいる男。

 戦闘を好むホウセン。数多くの強敵を相手にしてきたという戦士が、いつもの適当な姿勢を改める程の相手。そこで佇んでいる魔族の男はそれだけの相手だという事だ。

 

 今まで見てきた魔族とは気配も格も一切違う相手。世界最強の戦士の一人が本気の眼差しを見せる程の……“敵”だ。



 サーストンと名乗る魔族の男。

 精霊騎士団の一人、鋼の騎士・ホウセン。


 二人は白銀の剣と漆黒の剣の切っ先を相手の心臓へと向けている。開いた距離の間は極端なはずなのに、小指程度の距離に感じられてしまうのは何故なのか。

 

 寸劇。一瞬で終わる気配が見えそうな刹那の見切り。

 一切であろうと瞬であろうと隙など見せぬ。緊張感故に浮かべるであろう冷ややかな汗をどちらも一切流さない。


 油断なし。一切の隙間なし。

 それ故にほんの微かな歯がゆさを覚える。戦うことを望んでいるこの二人の体は……ほんの一瞬で、眼前へと跳ね上がる”。


 瞬き一つしていないというのにこの速さ。

 二人の戦士の刃がぶつかり合う。そこから発する波動はあたり一面に小さな嵐が巻き起こす。


 吹き飛ぶ瓦。吹き飛ぶ小樽。そして開いてしまう足場。

 

「……っ!」

 ラチェットはその波動に目を閉じた。

 体もしっかりと足場を踏ん張る。飛ばされない様にコヨイの体をしっかり支えるアクセルの姿もある。


 ただ一人、サイネリアだけは物怖じも狼狽えもしない。

 一人の戦士。騎士団の一人であるホウセンの戦いの行く末を眺めているのみだ。



 ぶつかり合った刃を互いに引っ込め一度距離を取る。

 直後、互いの刃の切っ先を再び向け合う。


「……汗一つかいてねぇ。ホウセンの一撃を正面から受けたってのに」

 サイネリアは茫然としているだけだ。

 剣劇は続く。サーストンにホウセン、二人の戦士は無駄口を叩くことはない。自身の刃を相手の身に叩きつけるを繰り返すのみ。


 互いに涼しい顔をしている。

 サーストンは表情こそ変えていないが、ホウセンに至っては笑顔のまま。



 ラチェット達もその風景には呆気にとられていた。

 


 その一瞬でどれだけの回数の刃を交えたのだろうか。耳で弾ける刃の音が絶え間なく響き渡り、次第に彼らは再び距離を取る。


「……その程度か」

 サーストンは重い口を開いた。

 それは戦士への賞賛なんかではない。むしろ悲嘆を表していた。


「へへっ……」

 ホウセンは笑顔のままではある。

 だが、サーストンの悲嘆の言葉の意味が次第に浮彫となっていく。

 

 ホウセンの腕が悲鳴を上げている。それ故に面構えも微かな歪みと汗を流し始めている。足元も大地を踏みしめるように踏ん張っている。

 武者震いの中に、疲労によるダメージの震えも込められていた。


「強いな……こりゃあ、本物か?」

「最初からそうだと言っている」

 サーストンは無表情のまま言い返す。

「まさか、手を抜いていたか?」

「いーや、疑ってこそいたが本気は出してたぜ。それなのにこのザマなのさ」

「……嘘だな」

 再び刃がホウセンの元へと向けられる。


「お前はまだ、【鋼の精霊の加護】を使っていない。それを使えば、屈強な肉体を作れるはず……それを出し惜しみしている地点で全力ではないな」


 精霊騎士団。

 彼等は世界を救ったとされている精霊皇の部下である七人の精霊の力を分け与えられた騎士。その力は次の世代の腕ある騎士へと受け継がれていき、今まで魔法世界クロヌスを守りぬいてきたのである。


 精霊騎士団は一人一人に、それぞれに適した精霊の力を保持する。

 このホウセンにも鋼の精霊の力が宿っているとされている。しかし、この男はそれだけの敵を目の前にしているというのに力を使おうとしなかったのだ。


 精霊の力を閉じ込めている人間にサーストンは失望を浮かべている。

 やる気がないのなら殺すだけ。返答次第では即殺すると面を向いていた。


「……俺は精霊の力ではなく、自分で戦いだけだ」

「人間の意地、プライドというものか……相変わらず、理解が出来ないな」

 サーストンの感情は失望から落胆へと変わっていく。


「理解できないってのは、よく言われるねぇ……でも、“夢”なんでな。そう易々と誓いを曲げるわけにはいかねぇのよ」


「では、死ね」


 サーストンの刃が再びホウセンへと迫る。



「限界か……ッ! こいつはやっぱり本物なのか!?」

 サイネリアは慌てて剣を抜く。

「お前等、早くここから逃げろ! 誰でもいいから精霊騎士団にこのことを報告しろ! 王都の緊急事態だ!」

「待ってくれよ! 一体何が起きてるんだよ!?」


 気絶しているコヨイを背負いながらアクセルはこの状況に困惑している。

 目の前にいるあの剣士。精霊騎士団の一人がいとも容易くあしらわれているこの風景に状況の説明を求めるが、サイネリアは焦っているだけで返答をする余裕がない。


 王都の緊急事態。

 目の前で起きている剣劇はそれだけの事なのかとアクセルは怯えている。


「逃げろって言ってるんダ。早いところ逃げて、」


 ラチェットが足を真後ろに向けようとしたその時だった。




『戦い、なさい』


「……ッ!?」

 



 まただ。






『戦わなければならない』






 また、彼の頭の中が何者かに乗っ取られていく。






「なんだ……なんなんだ……っ」

 頭痛により真っ白になっていく頭。体へと押し寄せられていく謎の意識を追い払おうと必死に抵抗するが、その存在はラチェットの体の隅々まで絡みついて来る。


 聞こえてくる。

 声が聞こえてくる。








 ___殲滅しろ。














 ___人類を脅かすその全てをその手で破滅させろ!






 意識が脳天にまで達しようとした瞬間。







 彼の目の前に一瞬だけ。



「ひと、なに……これはっ」








 “天使”が現れた。







「……ッ!」

 ラチェットの意識はそこでなくなった。

 詠唱されるアクロケミス。紫とは違う真っ白な光を帯び、読めないはずのアクロケミスの文字を読み上げていく。


 歪む空間。 

 現れる“純白の剣”。


「___ッ!」


 剣を引っこ抜いたラチェットはサーストンに目掛けて飛びついた。



「騒がしいな」


 受け止められる。

 素人とは思えない一振り。ラチェットの奇襲をサーストンは受け止める。


「ん、その剣……この感じ……」

 そっと後ろを向いたサーストンの顔。

「そうか、貴様かッ……!!」

 今までの無表情。一片たりとも動く気配のなかった口元が緩んでいた。

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