PAGE.196「解き放たれたモンスター軍団」

 

 エクジットの研究室は悲惨なことになっていた。


 次々と吹っ飛び、引き裂けていく研究資料。

 次々と倒れていく、資料の詰まった本棚とレプリカ収納用のケース。

 次々と粉々になっていく、一部の研究成果。


 まるで空き巣が入った後……いや、地震によって滅茶苦茶になったような室内と何も変わらないエクジットの研究室で、二体の巨大な狼の遺体が転がっている。


 ここに残っているのはどれだけの月日をかけて作り上げたものばかりか。研究員からすれば、この上ない絶望ともいえるだろう。


「全く、片付けどうするのよ、これ……」

 流石はエージェントと言ったところか。エクジットとリグレットは冷静に二体の巨大な魔物を駆逐してみせた。体格など全く関係ない、魔法と魔力の差をもってすれば、何の造作もないことだった。


「リグレット、今日の分の研究資料のバックアップ……」

「ごめんなさい。今日の分はまだです」

 リグレットの口から告げられたのは残酷な解答であった。

「はぁ……ちょっとちょっと嘘でしょうよ、まじで何なのよ、全く……。まぁ、頭に残ってるから気にはしないんだけど」

 あの数の資料を書き直すのが面倒だとエクジットは呟いた。

 今日は災難な日だと溜息を吐いた。研究内容が頭に残っているうちにメモの一つでも残しておこうかと溜息一つ吐き漏らす。



「……んで、この魔物の飼い主はアンタ?」


 だが、独自に進めている研究どころではない。まずはエージェントして終わらせなくてはいけないことがある。今日の分の研究データが頭に残っているうちに、このイザコザを終わらせなくてはいけないと。


 風に乗って伝わる声。

 エクジットは数メートル真上の天井にあるシャンデリアを睨みつけている。



 騒乱の後、大きく揺れるジャンデリアの上。そこでブランコのように揺れている“異様な雰囲気の少女”に向かって。エクジットは威嚇する。



「あっ、気づいてたんだ」

「途中から目に入った。目の前の犬たちがうるさかったから先に倒したけど」


 その気になれば、仕留めに行けたと宣告してみせる。歳の幼さと絶対の自信の二つがあるからこそ口にできる言葉だ。


「アッハッハ! エージェントの中でも年齢低くて傲慢って聞いてたけど……本当にその通りだねぇ!」

「ふーん。聞かせてもらいたいわね……誰が、そんな悪口言ったのか」


 こんな嫌がらせを命令した馬鹿野郎は誰なのか。シャンデリアの上で様子を見ている少女を捕まえて根こそぎ吐いてもらおうと逮捕予告を口にする。

 研究成果を滅茶苦茶にされたこと以外にも鬱憤は溜まっている。未来を約束したはずのアルカドアの名前を使ってこれだけの暴挙をやり続けたのだ。一発殴る程度で済ませる程彼女たちの精神も優しくはない。


「はいはーい、次の子達、よろしく~!」


 少女が手を鳴らす。


 ……まただ。

 今度は五匹。しかもさっきよりも大きいサイズの魔物の狼達が現れる。ついさっき戦ったのは弟分、もしくは子供だったのかと言いたくなる比較をしてしまう。



「サーカスじゃないのよ、ここは!」

 エクジットは再び魔術発動の準備を始める。


「姉さん。狼をこれだけ連れまわすサーカスなんていませんよ」

 ライオン、象、コンドル。その他面白可笑しい動物のオンパレードではなくオオカミ一択。これではサバンナの一角の風景にしか見えない。或いは相当物好きな専門ペットショップぐらいだろうか。



 姉妹揃って姿が消える。


「ですので、サーカスのお猿さんのように」

「愉快な顔に変えてあげる!」

 一体の狼の顔が……左右から大きく歪む。



 “風に潰され”、微塵となって消えてしまった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 突如、大騒ぎになったアルカドア。

 動いた。ついに黒幕が動いた。


 研究室に現れた謎の魔物たち……そして、アルカドアで暴れまわっている奴等も、恐らく“叛逆開始の合図、及び証拠隠滅”の為に放たれた刺客のようなものだろう。


「えっと、コッチがこうで……あぁ! この地図わかりづれぇ!」

 そんな中、黒幕がいるであろうアルカドアの地下研究所までラチェットとアクセルが死に物狂いで向かっている。アクセルはこう文句言っているが彼は馬鹿だ。なにせ“簡単な地図”でさえもパニックになれば読めないのだから。


 早いところ、この悪夢を終わらせなければ落ち着いて話も出来やしない。アクセルはその一心が故に心臓の鼓動をあげる。



「……」

 地下研究所に向かう途中。ラチェットの無言が続いている。

「……なんか言わないのかヨ」

 地図に文句を垂れ流すアクセルに、ラチェットはついに口を開いた。


「妹に銃を向けた事か。アレについてはもう謝って、」






「俺が“魔王”とやらだったらどうする気だ? そんな危ない奴についていいのかヨ」


 凄く面倒そうに、凄く辛辣に。

 いつもと変わらない態度で聞いたのだ。



「聞こえてたのか!?」

 アクセルは驚いたように口を開く。当然だ。


「当たり前ダロ。あんな大声で喋ってたラ」


 仰る通りである。

 怒鳴りつけるように叫んでいたアクセルの声。そして、フェイトもそれに応じての冷酷な言葉。途中から聞こえていたようではある。


 ……その時はクロを落ち着かせることが優先で気にする素振りは一つも見せなかったようだが。


 クロには恐らく、その会話は聞こえていない。

 ずっと泣きじゃくっていた。周りの騒乱を聞く余裕なんてなかったはずである。



「どうする気ダ。俺が魔王だったラ?」


 こんな危ない人間にこれ以上つきまとう理由があるのか。ラチェットは突き放つように事を告げる。


「……あり得ないな」


 アクセルは笑みを浮かべて、その言葉に返答する。


「お前みたいな陰湿な魔王がいてたまるかよ! 世界に喧嘩を売った大悪党なんだぜ? それがお前だなんて、何億パーセントあり得ないぜ!」


 信じている。

 そんな存在なんかではない。お前は人間だとアクセルは断言してみせた。


「まあ、万が一魔王だった場合は、俺が叩き潰して英雄になってやるよ!」


「……はっ、お前みたいな馬鹿に倒されるのだけは勘弁だナ」


 ラチェットはアクセルの言葉を嬉しく想いながらもいつも通りの嫌味をぶつけてみせた。


「おい、馬鹿ってなんだよ! お前も大して変わらないだろ!」


「お前のように周りから馬鹿にされるほど、俺は馬鹿じゃないつもりダ」


 お互い“馬鹿”というレベルの低い罵倒をぶつけながら地下研究室へと向かう。


 魔物や殺戮人形の妨害。

 それをうまく掻い潜りながら……黒幕へと徐々に近づいていた。

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