PAGE.195「淡白なリベンジ」
フェイト達とは逆方向。東エリアへと足を進めたシアルとミシェルヴァリー。
……アルカドア内部にて反乱を企む何者かは結構な数の手駒を用意したようだ。それは、同じ研究仲間である部下が数名に飽き足らず。
「よう、久しぶりだな」
“魔族”にすらも手を出すほどだった。
二人の目の前に立ちはだかった相手は、自身が魔族であることを隠すつもりは一切ないようだ。後頭部にはドリルのような角が生えており、爪は鋭く肘にはヒレのような刃が生えている褐色肌の男。
見てすぐに魔物であることが分かる。
そんな男が余裕気に通路の真ん中で待ち構えていた。
「……やはり、アルカドアに絡んでいたか」
シアルとミシェルヴァリーにとっては初めての相手ではないこの魔族の男。
王都の路地裏にて次々と住民を葬ってきた切り裂き魔。
その対処の際、二人はこの男と一度だけ交戦している。捕縛して情報の一つでも聞き出してやろうと思ったが……思いもよらない援護介入により取り逃がしてしまった相手だ。
それは当時予想外にもしなかった殺戮人形の存在が原因だった。最早、油断しない。シアルとミシェルヴァリーはそれぞれ構える。
「お前達の実力はこの前見たからな……油断はしないぜ」
魔族の方も余裕綽々に拳を鳴らし始める。
「そうか、じゃあその余裕がこれ程にない油断だと思い知らせてやる」
シアルは魔導書を取り出した。
片手を突き出す。
まずはその怠慢な態度を地に伏せさせる。一瞬でケリをつけるために最大火力の炎の砲台をぶちかまそうとした。
「……っ?」
シアルは妙な違和感を感じる。手のひらを、くらげの脚のように動かす。
“手ごたえ”を感じない。それ以前に妙に虚しさを感じる。
「これは、そうか」
出ない。
発動条件は満たしている。何か些細なミスがあったかと繰り返し片手を広げて何度も発動しなおすが、魔法が出る気配が一切ない。
「アッハッハ! すまないが、手はうってある!」
爪の刃をチラつかせ、大笑いしながら魔族の男は宣告する。
「この周辺には特殊な結界を用意させてもらってな……“魔法全般を発動不可にする結界”の魔導書を複数な。俺は、魔法を使えないんでな。ありがたい保険だぜ」
切り裂き魔の下ごしらえだ。
彼は卓越した刃物捌きと反射神経、そしてフットワークを身に着けているが……生まれてこの方、魔法という存在には恵まれなかった肉体だそうだ。
それ故に魔族の男は白兵戦は得意であっても、魔法なんてもので集中砲火されるものなら撤退せざるを得ない。それがこの殺人鬼の悩みだったという。
「いい気味だぜ。へへっ」
この周辺に結構な数の魔導書が配置されている。それを排除しない限りはマジックアイテムによる魔法の発動は勿論、固有能力である“魔衝”の発動すら不可能である。
「そっちのガキは魔法による後方支援が主みたいだが……それが出来ないようじゃ、ただのお子様だな!」
挑発。
余裕の立場にて、魔族の男はシアルを笑う。
「……」
シアルは黙り込む。
「そういうわけだ! まずは一人!!」
手の甲から鎌のような刃が生える。
まるで半魚人のようなヒレ。魔族の男は勢いよく、その刃物をシアルの頭上に振り下ろした。
___弾ける。
刃物と刃物がぶつかりあう音が響く。
「……」
ミシェルヴァリーだ。
即座に彼女は背中の大剣を構え、シアルを守る盾となった。
「お前」
小さい声。震えながらも威圧あるシアルの声。
「俺が小柄って笑ったな?」
今までのような落ち着きのある声から一変。
ドスが効いた声。逆鱗に触れたのかシアルは獰猛な目つきを見せている。
「……結界の元を壊してくる。ここは任せた」
舌打ちをしながら、シアルはその場から去っていく。
言いたいことは山ほどがあるが何もできないのは事実……そのため、まずは結界の魔導書を全て壊すつもりのようだ。シアルは近くの部屋に何気なく入っていく。
「おい、お前」
勢い良く振り下ろした刃。シアルと同じ小柄な体で受け止めたミシェルヴァリーに魔族の男が話しかける。
「お前は魔法を使わないのか?」
「使う……だけど、私の魔衝は“壊れた武器を修復”するくらいの事。戦闘続行用の魔法だけ……魔導書は一冊も読めない」
些細な魔法程度。
魔族の男と同じく、白兵戦のみを得意としている事をミシェルヴァリーは告げる。
「シアルが出来ないことを私がやる。私が出来ないことをシアルがやる……それだけの事。私たちは二人で一人のような存在。文字通り、一心同体」
「はっ! ガキ同志仲がいいじゃねえか!」
刃を押し付ける力を強くする。
早いところ、この小柄な女を切り裂いて……呑気に結界を破壊しに向かった小僧を引き裂きに行きたいと欲望を剥き出しに。
「……一つだけ忠告する」
ミシェルヴァリーは呟く。
「私とシアル、先月二人で合計”四十”を越えたよ……覚えておいて」
大剣を構えるミシェルヴァリーリーの姿が、いつもより獰猛に思えた。
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