PAGE.188「逃れられぬ哀傷(その4)」
「彼女曰く、彼には“一切の魔力”がないそうだ」
「魔法が使えるのに魔力がない。おかしい話だと思わないかい?」
それに続いてコーネリウスが解説を加える。
一切の魔力がない。
アクロケミスという難関の魔導書を解読できたラチェット。彼等にとって、それはあまりにも矛盾しているあり得ない事実である。
「彼の中には魔力とは違う別の何かが体を駆け巡っているようだ。その存在、あまりにも異質だとは思わないかい?」
「器。中身の入っていない瓶のような人間。その例えに相応しい人材」
次第に、彼女たちの意図が見えてくる。
「……お前達、まさか」
スカルは知っている。
ラチェットはこの世界の人間ではない。その事実は本人から聞いたことだ。
魔力もないはずなのに魔法が使える。その点に関して謎が非常に多い特異の存在。スカルは頭の中で彼女たちの言いたいことを理解してしまった。
「ラチェットが……“魔王”だと疑っているのか?」
その事実はあまりにも信じがたく最悪の事態。
「「!?」」
アクセルとコヨイもその事実に驚愕する。
「それ以外に何がある……魔力とは全く違う別のエネルギー。何より彼自身がこの世界とは何処か浮世離れな存在だと、イベル様は仰っていた。疑う余地は充分にあると思うがな。そのためには彼の動きを調べる必要があった」
ここまでの経緯を軽く説明する。
「王都で起きている事件。そして王都の外の事件。これは紛れもなく、壁画の文章通り、“最悪の時代が訪れる前兆”だと捉えている。魔族達の長である魔王が世界を動かしていると考えるならば……それが近くにいることを推測する」
ここまでラチェットを監視していた事。彼が怪しい行動をしないかどうかを泳がせていた事を。
「彼は事件に関して全く無関係な素振りを見せているが、それが自作自演の可能性だってある。今回の意向も彼の動きを調べるための必要事項だ。それに、生徒クロも父親の死を何れは知ることになるのだ……これは必要な事だったんだ」
「……フザけんなよ」
アクセルの殺意が消えたかと思った。
違う。
むしろ、その逆だ。
「お前ら、アイツが魔王だなんて正気で言ってるのか……!?」
人間は限界にまで怒りがこみ上げると透き通る。静まり返るわけではない、激情という意識を通り越して別の何かが芽生える。
静粛とした怒りのままに、アクセルはフェイトの腕を掴み返してくる。
「人間を滅ぼすことだけが目的だった魔王の候補がアイツだなんて……馬鹿みたいなこと言ってるんじゃねぇぞ!!」
飛び上がる。フェイトの腕力から逃れ、アクセルはその場で立ち上がる。
「……ああ、そうだ。確かにアイツはちょっと性格がねじれてはいる……だが、単に不器用なだけだ。アイツはダチのためになら力も貸すし身体も張る! 友達の苦しみにも涙を流して応えてやれる優しい坊主だ! 俺が言うんだ、間違いねぇ!」
彼女たちの自分勝手な言葉に対し、常にラチェットと行動を共にしてきたスカルも黙っていられるはずがない。ラチェットが魔王だなんてあり得ない話であると、堂々と言い張った
「それも演技の可能性がある」
「お前はあの叫びが嘘に聞こえたのか!? 女の子一人のために流しているあの涙が、嘘をついている人間の涙に見えるのかよ!」
アクセルはフェイトに背を向ける。
……ラチェット達はこちらに気付いていない。大声をあげたものだから気付かれたと思ったが、どうやら、それに感づくほどの意識は萎え切っているようだ。
大泣きしたクロを担いでラチェットは歩き出している。
物騒な街中だ。殺戮人形はいなくなったと言えど、こんな時間に子供一人を歩かせるのは危険だとラチェットが気を遣ったのだろう。
「……俺からしたら、お前達が悪魔みたいなものだ」
アクセルはそう言い残してその場を去った。
「アクセル。さすがに感情的になりすぎですよ」
感情の赴くままに無礼を働いたアクセルにコヨイは呆れている。
「ですが同感です。壁画に描かれていた文章が本物だったとしても、彼がその魔王の候補だとは思えません……そんな腐った根性抱いている人じゃないですよ。彼は」
しかし、敵意を抱いたのは彼女も同じであった。
「根本は馬鹿みたいにお人好しな奴だ。俺がアイツを気に入ったのも、その内側では燃え続けている真っ直ぐな根性に感動したからだ」
現実主義で悲観的、だけど心の中には捨てきれぬ優しさがある。どうしても悪になり切れないその姿は、ただただ不器用でまどろっこしい少年。
スカルは結構な時間、ラチェット達と冒険をした。
1か月未満と短い期間かもしれないが、彼にとってその時間は1年に思えるほどに濃厚で充実で、とても意味のある冒険だったと思っている。
純真無垢なコーテナに、面白い人間にしか興味がないアタリス。
___彼女達も彼の後ろ姿に惹かれたのは……きっと“自身”と一緒で彼の本当の心に何かを感じたから。きっとそうだ。
「俺達の友情は本物だ。俺達の誓いは嘘じゃない。俺達の冒険はきっと続く、その想いが果てない限り、終わらない」
仲間として、その思いの丈を。疑う余地もなく信じ切るその姿、スカルの瞳は明確な敵意を持ってフェイト達へと宣戦布告をした。
「……感情のままに彼を信じるのは構わない。だが、現実を受け入れる覚悟だけは決めておけ」
フェイトはその場から去っていく。
どれだけ感情をぶつけられても、何一つとして意思を曲げようとしないその姿。
それはあまりにも……冷たい姿だった。
「では、ごきげんよう」
コーネリウスもフェイトが立ち去る姿を見た直後、軽く会釈をしてから彼女に続いてその場を去って行った。
「……戻るか。ひとまず」
事務所に帰って、コーテナの様子を見に行かなくては。
スカルとコヨイも何でも屋スカルの事務所へと帰っていった。ひとまずは、ラチェットの帰りを待つことにするために
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……数時間後。
ラチェットはクロを自宅に返す。
部屋は絶対に戸締りしておくようにと告げておいた。
ここの寮は面倒見の良い寮長のおばさんに管理人の大人達が沢山いるとのことだそうだ。ここにいればひとまずは安心と言ったところだろう。
クロと別れを告げ、ラチェットは幼少組の寮から離れていく。
「……行くカ」
ラチェットは歩き出す。
「アイツらは、俺の“逆鱗”に触れタ」
彼の目つきは優しい兄貴分から、復讐鬼ともいえる残忍な瞳を浮かべ始める。
夕暮れに反射してその瞳は真っ赤に見える。獲物を狩る獣のように。
「逆ギレと言われようが何だろうが、今の俺の中には“憎しみ”と“殺意”しか残っていナイ……どんな手を使ってでも、どんなに残酷な事になろうとも、これ以上アイツらを傷つけさせはしないッ……!」
彼が足を運ぶ先は、帰るべき家である何でも屋スカルの事務所ではない。
「奴らは、俺が潰すッ……!!!」
ただ一人……“アルカドア”へと向かっていた。
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