PAGE.187「逃れられぬ哀傷(その3)」

「そんなことが……」

 二人の様子を木陰から隠れてみていたアクセル達。

「まさか、あの人形の一体が……クロの父親でしたとは……」

 行方不明になっていた父親の事は知っていた。その父親がこの街では有名なエージェントの一人であることも知っていた。


 だからこそコヨイは衝撃でならなかった。


「あの時様子がおかしいと思ったら、そういうことだったのかよ……!」


 突然、しゃがみ出して発狂したラチェットを見た時は、恐怖が遅れてやってきたのかと思ったが……よくよく思い出してみれば、ラチェットはずっと、自爆した人形のところを見ていた。彼の様子がおかしくなったのは、人形が爆発してすぐだった。


 そんな事実があったとは思いもしなかった。スカルも思わぬ事情に戦慄する。


「だけど、一体誰がこのことを……」

 アクセルは木陰からそっと顔を出す。

「……!!」

 そこで気づく。



 アクセル達以外にも、その様子を遠くから眺めている人影に。


「「……」」

 フェイトとコーネリウス。学園の秩序である2人組の姿。


「「お前らッ……!!」

 アクセルは木陰から飛び出した。


「!」


 そして、掴み上げる。

 学園のトップワンである、フェイトの胸倉をアクセルは勢いよく。相手が女性であろうと、そんなエチケット知ったことではないと。


「お前らか!!」

 アクセルの瞳は、これほどにな怒りに満ち溢れていた。



 女性相手に無礼極まりない行為。それ以前に、学園のトップワンに行う行為としてはあまりにも命知らずで礼儀知らずであると心得る行動だ。だが、今の彼にはそんな意識は芽生えることなどない。


「あの場は俺達以外にお前等がいた……俺達は事情を知らなかった。お前達は何か知っていたんじゃないのか?」

 フェイトの瞳を睨みつけるアクセルは最早歯止めが効かない状態だった。


「落ち着いてくださいアクセル! それは言いがかりにも程が……」

「ああ、知っていた」

 アクセルの質問に、フェイトは無機質な返事を返す。


「……最初は見間違いだと思ったさ。だが、これが我々の疑問を確信へと変えた」

 フェイトは胸のポケットから何かを取り出した。

 金色の飾りがあしらわれたペンダントだ。しかし、光を浴びたことが原因なのか大半が焼き焦げて真っ黒に。中に写真を入れるタイプの開くペンダントであったようだが、溶けた金属が原因で中々開かなかったであろう形跡が見える。


「中にある写真。そして指紋。エージェント・レイヴンのものであることが判明した」

 ペンダントを開く。


 ……クロの写真だ。 

 幼き日のクロの写真。家族そろって不器用ながらも笑みを浮かべるレイヴンと娘のクロの写真が入っていた。


「何で、喋った」

 アクセルはペンダントを見つめながら唸る。


「何で喋った。クロにとって父親は生き甲斐の一つだった……彼女に伝える必要は」

「極秘事例だ。それ以前に、何れは彼女の耳に通る。何の問題もない」


 まだ年も若いばかりの少女に現実を叩きつけるような行為。そのあまりにも心のない行動に対しての謝罪は勿論何もない。

 むしろ、その行為は意味があっての事だと言い切るものの、その理由をハッキリと口にしようとしない……その行動にアクセルは再び怒りがこみ上げる。


「フェイト……もう話してもいいんじゃないかな」

 近くにいたコーネリウスがふと落ち着きのある声をあげる。


「その子達は彼のことを心配しているように思える……なら、尚の事、知ってもらった方がいいかもしれないよ。“最悪の事態”になる前にね」


「最悪の事態だと?」


 スカルはその言葉に首をかしげる。


 王都の事件。そしてラチェットの存在。

 何の関係性もないと思えるこの組み合わせに何故、最悪の事態なんて物騒な言葉が飛び出したのかを。


「……そうだな。彼の抱える現実は、殺人への罪という現実よりも恐ろしいものである可能性があるからな」

「どういう意味だ! 何を言って、」


 アクセルの言葉。


「よく聞け」

 それは途端に途切れてしまった。


 気が付けば状況が逆になっていた。

 さっきまで彼女の胸倉をつかんでいたアクセルの体が地に伏せている。今度は逆にフェイトが地面に寝そべったアクセルの胸倉を押し付けるように掴んでいる。

 

 フェイトの瞳はアクセルのように感情が剥き出しではない。しかし、その深淵からは感じられる。


“これ以上の無邪気には容赦はしない”と。



「……王都エージェントの一人、ステラ教員のことは知ってるはずだ」


 ステラ。王都の学会のメンバーにして、教員免許を持つ天才魔法使い。

 王都学園に所属するアクセルとコヨイ、そして何度か彼女と邂逅しているスカルもその言葉には静かに肯定する。


「ステラ教員が調べ上げている謎の壁画……ここ最近、その壁画に変化があった。壁画には、古代文字でこのような文章が書かれていた」


 フェイトは読み上げる。

 



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 “この世界に再び脅威が現れるであろう。”


 “世界のすべてを暗黒に包み込む悪の権化。”



 “戦争が終わりし刻より1000年……この世に再び、[魔王]は現れる。”


 “魔王を呼び戻す器が、新たなる戦いの火蓋を落とすだろう”




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「この言葉の真意は分からない……だが、魔王の素質となる人物がこの世界に現れていることを告げた暗示である可能性は高い。それが既に、王都にいる可能性もな」


 フェイトが告げた壁画の文章。


「そして、精霊騎士団が一人、イベル様はあのラチェットという人物の魔力に興味を示していた。だが、彼の中で渦巻く力に、不自然な点が見つかった」


 淡々と、事実だけが告げられる。








「イベル様曰く……彼には“一切の魔力”がないそうだ」


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