PAGE.183「モーニング・シャウト(その7)」

 光が消え去っていく。

 一同の苦しみも、あの光による反動も、嘘であるかのように消えていく。


「何が、起きたんだ?」

 スカルはそっと、人形へと目を向ける。




 ”消えている”。

 人形の姿はその場から消え失せている。毛も皮も、骨の欠片一つ残すことなく、その場から消滅していた。


「えっ、え!?」

「今のは、一体……」

 アクセルとコヨイも突然の出来事に理解が追い付けずにいる。


「フェイト、今のは」

「……」

 フェイトとコーネリウスも、想定も出来えなかった謎の展開を前に混乱している。エースの二人らしからぬ焦り様だった。



「何が、起きたんダ……?」

 この場の状況を理解することなどできるわけもない。

 なぜならば……”当事者である彼でさえ、この反応なのだから”。



「そ、そんな……ゼロワンが、私の研究材料が」

 最後の切り札を失ったノァスロが、コーテナにしがみつかれたまま、その場で膝から崩れ落ちる。その表情はこの上ない絶望に染まりきる。


 これだけの失望ぶり。そして足掻きぶり。

 この様子からして、最早彼女の手持ちには駒がないように見える。このゼロワンという人形が最後の一体であったようだ。


「大人しくするんだ!!」

 コーテナが最後の足掻きを企もうとするノァスロを取り押さえようとする。。


 ……何はともあれ、まずはこの研究員を取り押さえるのが先だ。この事件の事も何もかも、全て詳しく、たっぷりと騎士団に吐いてもらう。


 皆の援護が駆け付けるまで、コーテナは必死にノァスロの体を取り押さえていた。全員がかりともなれば、最早諦めもつくはずだ。



「……まぁいい、可能な限りのデータとサンプルは取れた。私の研究成果は充分にこの世界へ革新を残してくれることでしょう」


 ノァスロは手を伸ばす。

 絶望的な状況だというのに、その表情は勝利を確信したよう。


「栄光あれ……私の全知に栄光あれ!!」


 ノァスロの腕の先端から黒い模様が現れてくる。

 その模様は一瞬にして腕全体に回ったかと思うと、次いで顔面に腰、そして下半身と身体全体に回っていく。


「アッハハハ……ヒハハハッ! 世界が私色に染まっていくのだわァアアア!!」


 黒から赤、次第にその模様の色は変わっていく。



「!!」

 その模様の正体、アクセルは知っているのか焦りだす。


「コーテナ離れろ! そいつ、“自爆”する気だ!!」


 自爆。 


「え?」


 その言葉にコーテナの表情が凍り付く。


 アクセルの指示通り、コーテナは慌ててノァスロから体を離したが……その時にはもう手遅れであった。





 “爆散する。”

 

 ノァスロは勝利の雄たけびと共に一切の証拠隠滅を完了させる。



「っ……!!」


 吹っ飛ばされていくコーテナ。

 間近で爆発の衝撃を受けたせいか、手足が複雑に折れ曲がる。肌にも爆発の衝撃が及び、火傷と腫傷が複数出来上がる。


 次第にコーテナの体は地面に叩きつけられた。


「コーテナ……?」

 ラチェットは震えあがる。

「コーテナ!!」

 ラチェットは吹っ飛んで行ったコーテナの元へと駆け寄る。

 それに続いてアクセルは勿論、隅で様子を伺っていたコヨイも飛び出す。スカルもルノアの体を背負ったまま、彼女の元へ。


「おい、コーテナ! 無事なのカ!? おいッ!!」

 ラチェットは必死に彼女の名を呼ぶ。


「うっ、くぅっ……ラチェット……!」

 傷は酷いが意識はある。コーテナは痛む体を必死に耐えながら、何かを握りしめた手をラチェットの方へ伸ばす。


「これ……!!」

 ノァスロに引っ付いていた時、コーテナは一心不乱にこの手に収めたようだ。

 証拠。この事件の黒幕へと導いてくれる切符を。


 “ノァスロのライセンス”であった。

 そこには彼女が何処へ所属している魔法使いなのかが記されている。


 “アルカドア”。

 ライセンスには間違いなくそう記されていた。


「ボクは、大丈夫、だか、ら」

 彼女の表情が虚ろになっていく。


「俺が運ぶ! 手伝ってくれ!」

 アクセルは意識が途絶えていく彼女を背負う。コヨイとスカルも、彼女の身柄を医療施設にまで運ぶために奮闘する。


 数秒後、コーテナは運び出される。ライセンスを彼に手渡すので精いっぱいだったのか、そのままコーテナの意識は途切れてしまった。


「コーテナッ……!!」

 ラチェットも追いかける。コーテナを担ぎ出すスカル達を。

「……っ」

 ラチェットはその最中、視線を向ける。

 人形を。彼自身が殺してしまった罪なき人形がいたであろう場所を。



 行方不明であった、“クロの父親”。

 光に飲み込まれながらも、たった一つ残された“右手首”が転がっている。




 ……膨れ上がる。


「っ!」


 ゼロワンの右手首は勢いよく風船のように大きくなっていく。かつてこの目で収めた、他の殺戮人形の最後と全く同じ光景。


「ま、待って!」

 手を伸ばしても、もう届かない。


 あの人形には証拠隠滅のために自爆の魔法が仕込まれていた。発動条件は分からないが、恐らくは“遺体を動かすために仕込まれた魔導書の破片”に甚大なダメージが及んだ時かと思われる。


 ノァスロの後を追うように、ゼロワンの右手首は爆散した。


 その身一つこの世に残さない、無慈悲な爆撃によって。


「なんだヨ……」

 ラチェットは恐怖のあまり、その場でしゃがみ込む。

「なんだってんだヨ……」

 クロの父親にトドメを刺した。

「なんだよコレ……なんなんだヨ……ッ!!」

 彼女の父親に引導を渡してしまった。


 

 うっすらと、ラチェットの頭に映像が残る

 彼の体をこの世から抹消させたのは自分。理由もやり方も分からないが、レイヴンをこの世より焼却したのは“自分”であると。



「こんなの……こんなのアリかよぉおおッ!!」



 遺体を仕留めた? 引導を渡した? 

 



 ___……自分が彼女の父親を“殺した”。



「ううぅっ、うぁあああァアアアアアッ!!!!」



「ラチェット……?」

 突然の爆発。そして、一人遅れてきているラチェットに気付いた一同が足を止める。彼の異変に一同が気づく。


 ラチェットの口から飛びだしたのは発狂だった。

 

 叩きつけられた真実に精神が耐えきれなかった。

 一人の少女の希望を……真実を知らなかったとはいえ、この手で消し飛ばした。



「ラチェット!!」

 一度、彼の元へ戻る。


「ああぁっ、あああっ……!!」


 泣いていた。

 ラチェットは真実に耐えきれず泣き出していた。


 仮面の中から溢れ出る雫。まだ枯れ果てていない少年の涙。

 深く怯えるラチェットの姿は……まるで赤ん坊のように無力だった。

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