PAGE.182「モーニング・シャウト(その6)」


 至近距離で撃ち放たれたショットガンにより、ゼロワンは大きく仰け反った。


 コーテナに動きを封じられ、怒りのあまりパニックになっている彼女の情緒不安定さもあって、脳神経と精神を一体化している人形もそれに合わせ、大きな隙が出来上がる。そこへありったけの弾丸をぶち込んだ。


 心臓に数発、上半身はハチの巣になる。

 ……同時、散弾はゼロワンのガスマスクにも命中する。


 粉々に砕け散る。

 その遺体の正体を隠していた仮面が、壊れ果てる。


「……ッ!?」

 ラチェットはショットガンを手落とした。


 彼は恐怖を克服した。コーテナを救うために捨て切った覚悟故に彼の体からは恐怖が取り除かれていた。現に今の彼には、ただ目の前の男を排除するという意思しか残っていなかったはず。



「なっ、バカ、なっ」


 だが、彼は見てしまった。

 見てはいけないモノ。知らない方が幸せであった、その“正体”を見てしまった。



 ガスマスクの下に現れたのは……萎れ切った謎の男。

 だが、その男の顔には紛れもない見覚えがある。



 一度だけ、その男の顔を写真で見たことがある。



「お前は、お前ハッ……!」

 

 目線の先にいた、その男は。





 父親だ。

 この男は、“クロの父親”だ。


 数年前、娘のクロを置いて、一人行方不明になってしまったという王都のエージェントが一人・レイヴン。彼が見たその顔は、いつの日かクロに見せてもらった写真に写っていた彼の顔で間違いなかった。


 クロの父親であるレイヴンは体をハチの巣にされようとも動き続ける。

 死んでも尚、足掻き続ける最強の兵士と化したデッドマン。ショットガンの一撃をもってしても、彼の静止を迎える事は叶わない。




「おいっ……なんデ……」

 大きすぎる足の痙攣に耐え切れず、ラチェットはその場で尻餅をつく。


「なんデ……なんで、アイツの親がここニ……!?」


 魔物退治の末に行方不明になったというレイヴン。しかし、行方不明の原因は魔物の仕業かどうかは知られていなかった。その一件に関しては迷宮入りだったのだ。


 発見された遺体で作ったとされる人形。そしてその正体。

 

 

 レイヴンの体の周りに、黒い泥が現れる。

 そう、この力も見たことがある……”影の魔法”。過去にクロが使用したものと全く同じ、自身の影を固体物質として具現化し、己の武器とする能力だ。


 ふらり、ふらり。レイヴンは近寄ってくる。



『……!』

 だがその一瞬。レイヴンはその場に座り込む。

 

「クソッ……これだけのダメージだ。いくら死体とはいえ、薬によるドーピングや機動コアだけでは限界がある……! 近いというのか!」


 ノァスロの目論見は正しいモノだった。

 いくらなんでもダメージが大きすぎる。これだけの至近距離でショットガンでブチ抜かれた。脳にも心臓にも、埋め込まれたユニットに支障が現れたが故に、レイヴンの機動は限界を迎え始めていた。


「大人しく、しろっ! お前の負けだ!」

「いいや、まだだ……まだ、まだだ!!」


 ノァスロは咆哮する。


「肉弾戦も出来ない。魔術もろくに使えない。だが、そんなガラクタと化してしまった貴様にもまだ出来る仕事がある!」


 最後の命令。ほんの一瞬、頭によぎった命令。



「自爆しろッ!! ゼロワァンッ!!」


 最後の命令。

 それは、残った魔力で”全てを壊せ”であった。





(よせよっ……)


 恐怖で体が動かない。

 目の前にいるのは、あの少女の父親。それを知ってしまった彼は、もう恐怖で使い物にならない。


 動けない。どうしても、体が動かない。

 目の前で起きる自爆を、ただ見ている事しかできない。


(俺はッ……!!)


 刹那、ラチェットは瞳を閉じてしまった。









 ___滅ぼせ。









(!!)


 まただ。

 また、ラチェットの脳裏に言葉が響く。


 ___力を、貸そう。

 ___世界を仇なす愚かな存在を……抹消しろ。




 何かを搾り取られたようだった。何かに意識を吸い取られたような気がした。


 ラチェットは、よくも分からない透き通った何かに支配され。

 消えた意識の中で、体が動いたことだけが記憶する。





「……ラチェット?」


 その場にいた全員が、突然立ち上がったラチェットへと目を向けた。








『障害、抹消。』


 虚ろな瞳を開いたラチェットが、アクロケミスの本を開く。



『魔力壮大。敵勢力、脅威認定。使用を承諾する』


 アクロケミスの本が……今までにない輝きを放つ。

 まるで漆黒。白く眩しく、濃厚なその光は最早漆黒ともいえる色合い。


 その場一体が輝きだす。


 白い光。ラチェットの体がそれに飲み込まれ、消えていく。学園を照らす一つの太陽にも近い何かとなって、光を放ち続ける。


「な、なんだ!?」

「これは一体……!」


 全員の視線は一斉に閉じられる。

 スカルもコヨイも、コーテナもアクセルも。


「「!?」」

 フェイトとコーネリウスでさえも、その光に目を閉じてしまう。






『“創世術第二式殲滅波動……【極光キョッコウ】、起動承認』


 極めて白の光。


『作動』


 波動。殲滅の波。

 その場にいた一同が、何が起きたのかを理解することは出来なかった。瞳を閉じても尚、瞼を貫いてまで目を眩ませる光に苦しむ。外で何が起きているのか、無音の世界でそれを感じ取ることは出来るわけもない。



 その場で起きたことはただ一つ。

 


 ラチェットより放たれた光が、

 魔力膨大、自爆寸前でもあったレイヴンの体を飲み込んだことだけだった。

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