PAGE.181「モーニング・シャウト(その5)」


 瞳を開ける。

 彼女の心の奥で、何かのリミッターが外れたような気がした。


「コーテナ! ルノア! 無事だったか!?」

 声が聞こえる。

「!!」

 それに気づいたコーテナは思わず炎の魔法を引っ込めてしまう。


 アクセルの声だ。

 振り向くとそこには現場に駆け付けたアクセルにコヨイ、そして二人の事を心配して仕事場を放ってしまったスカルがそこにいた。


「ラチェットは!?」

 慣れない全力疾走が続き、息を荒げながらもスカルがコーテナに聞く。


「三人とも、ルノアをお願い!!」

 説明している時間がない。

 コーテナは慌てて安全な場所からその身を放り出す。一人危険な囮を買って出たラチェットを援護するために。


「おい! コーテナ!」

「これは……」

 スカルとコヨイは一人熟睡しているルノアの方へと意識を向ける。

 怪我はしていない。むしろ気持ちよさそうに眠っている彼女を見て一瞬だが気が抜けそうになる。


 だが、その矢先に二人の視線はコーテナの向かう場所。


 殺戮人形、そして次第にスタミナが切れはじめ蒼白の表情でフラつき始めるラチェットの姿。時間の問題、これ以上戦闘を続ける者ならラチェットの身が危ない。


 身も凍るような修羅の光景に一同は一斉に青ざめる。


「一体、何がどうなってやがるんだ!」

 アクセルは両手を後ろへ向ける。

 風のターボジェットだ。勢いよく彼らの元へ飛んで、あの殺戮人形を倒す手伝いをしに行こうとする。どうせなら、援護の手は多い方がいい。その方が生存率も高まるのだ。


「待ってろ! 俺も今からそっちに、」


「邪魔をするな」


 そんなアクセルの前に二人の人影が立ちはだかる。


「アンタらは」


 ……フェイトとコーネリウスだ。

 この戦いの様子を真上でずっと観察していた二人。突如彼等への道を塞いだかと思うと、口から放たれるは“介入を許さない”の一言だった。

何かの観察を邪魔しようとする障害を相手にフェイトは威嚇を向けている。返答次第では任務妨害の罪状としての処理も行うと、瞳が警告する。



「邪魔をするなって、どういう意味だよ! そこをどいてくれ!」


「そのまんまの意味だ。私たちは彼等を見図らなければ……」


「意味分からないってのッ!!」


 フェイトの忠告を無視。アクセルは風のターボジェットを起動させ、そのまま二人の事を飛び越えてラチェット達の方へと向かって行く。



「このォッ!」

 ターボの勢いのまま、突っ走る。

「アクセル!?」

 まだ、そこまで到着していなかったコーテナをも抜かして。


「おらっ!」

 殺戮人形の元に飛び込んだアクセルは勢いよく首を蹴り飛ばす。少しばかり勢いをつけすぎたのか人形の肩が勢いよく折れ曲がる。

 蹴りをまともにくらった人形がサッカーボールのように三メートルほど弧を描いて地面を跳ねる。そこから、一瞬の間が一同の動きをピタリと止めた。


「無事か!?」


 アクセルの援護でラチェットは事なきを得る。


「このガキ共ッ! そこの約束も守らないで……!!」


「逃がさない!」


 ノァスロの後ろからコーテナが羽交い絞めで動きを止める。何が何でも命令している本人である彼女の活動を停止させようと試みていた。


「あの人形を止めるんだ! 早く!!」

「ふざけやがって……殺れッ!!」


 ノァスロの指示がゼロワンに入る。


 余計な真似をするガキを容赦なく引きはがせ、そして跡形もなく殺してしまえ。

 自身の意思を持たなくなった人形は勝手に浮かばせられた殺意を抱いて、特に因縁もない子供に向かって刃を向けようとしている。


 首は変な方向に折れ曲がっているというのに苦しむ様子を見せない。何のリアクションも見せずにその人形はコーテナへと近寄っていく。


「どうなってやがる!? 首が折れてるのに……!?」


 その異様さにアクセルは震えている。

 加減を忘れて突っ込んだせいで致命傷を与えてしまった。その首は呼吸が出来ない方向へと曲がっているはずなのに何故動けるのだ。

 

 これだけの致命傷を受けているというのに、何故平然と動いている。

 この人形は間違いなく……“絶命”しているはずなのに。


「ああ、無駄だ!! 人形計画の新たなる段階、“死兵[デッドマン]”を止めることなど誰も出来やしない! 動く死体でしかない、その兵器をな!!」


 死体。

 目の間で動いているのは、最早呼吸すらしていない死体なのだという。


 ……人形はあらゆる意思を排除するが、その一片で痛覚は逃れられないものだ。それを排除する為に、生きた人形から、死にながらも動く人形へと変貌させたのだ。


 ……道理で致命傷を与えても動くはずである。

 近寄っていく。あり得ないダメージを負っても平然と移動するゼロワンは迫る。



(やれ)

 ラチェットは震える体に鞭を撃つ。

(やってしまえ……!!)

 嫌でも拒否する心臓を思い切り殴りつける。



(そうしなければ、俺達がやられる……ッ!!)


 覚悟を決めろ。

 殺されるよりは……“殺せ”!


 それにその人形は死んでいる……ならば、気にする必要はない。


 終わらせてやれ。

 それがこの人形にできる僅かながらの慈悲だ。


 固唾を飲み込む。そして走り出す。


 ラチェットは震えながらもアクロケミスを発動させ、その両手にショットガンを呼び出した。あとは叫びで恐怖を押さえつけながらゼロワンの前に立ちはだかった。


「……逝けッ」


 撃ちはなった。

 その距離は一メートルちょっと。それなりの近距離で放たれたショットガン。


 体を吹っ飛ばすには十分な散弾が、ゼロワンの体へ撃ち放たれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る