PAGE.179「モーニング・シャウト(その3)」

 子供達は眠っているであろう時間。主婦や商人のエンジンが入るにもまだ早すぎる時間帯の街並みは、朝だちの雨の影響で深く濃厚な霧が立ち込めている。日差しも雲に隠れ、薄暗い街並みを駆ける複数の人影がいる。


 ここ最近、開業を営んだという何でも屋の主人。そこで共に生活をしている”噂の転校生”の友人二人。朝のランニングというには強く迫りくるこの衝動。足も後日は棒になる勢いで走り抜けている。


「え!? 襲撃された!?」

 何でも屋スカルのメンバーであるラチェットとコーテナは運悪く、ここ最近、流行りだしている謎の通り魔事件の被害者になってしまった。そして、彼等はその襲撃から逃れ切り、意地で生き残った。


 喉も締まりそうな衝撃的な事実を前にアクセルとコヨイは走りながらも固唾を飲み込んでしまう。走り続けているを理由に掻いている汗にしては、不気味に涼しさを感じる冷や汗に二人の背中に鳥肌が立っていく。


 なにより、衝撃な事実はまだまだ控えている。事件に遭遇した、そんな不幸な出来事だけが彼等の首を絞めているわけではない。


”利害の一致として精霊騎士と共闘。そして、ついに犯人が所属していると思われる組織にその人物。尻尾を掴んだ彼等はその人物を捉えるために今も協力して探し回っている。”


 お分かりの通り、若干だが話を盛っている。何でも屋スカルが精霊騎士より極秘任務を受けている。だなんて、このお店のイメージアップを図りたいがための発言ではないと思われる。おそらく。

 

 この数日で彼等のみに起きてしまった物騒な出来事。通り魔殺人の方がインパクト強くなりすぎて、山岳爆破とやらは最早、過去の事件となってしまった感が否めない……その例の爆弾魔が事務所の中で身を隠していること以外で話せることは全て話した。


 スカルは学園までの道をハッキリとは覚えていない。近道までしっかり暗記している二人の案内をもって、姿をくらました彼らを追いかける。


「ルノアの行方不明。そして二人だけがいきなり姿を消す。しかも一番危険な学園の方へ……何も匂わないわけがねぇ」


 アクセルの焦りは次第に明確なものへと変わっていく。

 ラチェット、コーテナ、ルノア。この三人はきっと想像も絶する何かに関わってしまっている。一秒でも早く連れ戻さなければ、取り返しのつかないことになってしまうであろう事態に。


「あの、馬鹿どもッ!」

 勝手に消えた二人にスカルが吠える。


「ブチまけた話、ちょっとくらいは話してもよかったんじゃねぇのかよ!!」


 スカルに何も言わずに飛び出したという事は、何か余計なことを耳打ちされたという事か。皆には言えない理由が、それ以外にも自分たち以外の人達を巻き込みたくないというプライドが。


 彼等もまだ若い。若さ故の衝動として仕方がないとはいえ、スカルは相談一つなかったことには軽く憤りを覚えていた。


「とにかく急ぎましょう。手遅れになる前に」


 事件の尻尾。その存在はあまりにも巨大なモノであったなら。

 二人が巨大な事件の黒幕の尻尾に巻きつかれ、手の延ばすことのできない闇へ引き込まれる前に……スカル達はそうなる前にと更に足を速めていった。


 学園はもうすぐそこだ。

 霧はより一層深くなる。学園へと突っ走っていく三人の影も、濃厚になる一方の霧の中へとうすらうすら消えて行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 飛び散る泥。砕け散った氷。


「これでおしまいね」


 無残な欠片だけが残ってしまった殺風景にてノァスロは笑みを浮かべる。


 これでようやく証拠隠滅が出来た。あとは、消滅させた二人の保護者と思われる何でも屋を抹消することにする。その後にでも、アルカドアに絡んでいたオボロを発見し殺害する。

 精霊騎士団はそうすぐには動かない。本格的な捜査に入られる前にとノァスロは障害排除に知力を尽くしている。


 ボチボチこの場を去って、何でも屋を破壊することにしよう。その一件を終わらせてしまえさえすれば、人形計画を知る者はいなくなる。アルカドアにとっての脅威である不安材料を取り除くことが出来る。


 最初の一仕事を終えた。そう悟ったノァスロはその場からひこうとした。


「……ん?」

 そこで違和感を覚える。


 泥に氷。その場に散らばっている虚しい惨状。

 そんな惨状の中に……“彼らの遺体”らしきものが一切見つからないのは何故か。


 氷もろとも泥で押し潰したのは覚えている。その身一つ残すことなく本気を出させたことも事実。だが、血液の一滴も、肉片の欠片一つも見つからないなんて事があるだろうか。


 息を呑む。

 ノァスロはゆっくりと、砕け散った氷のドームへと足を近づける。





「今ダ」


 銃声が響く。


 麻酔銃。しかも、それはゾウ一匹は即座に眠るレベルの代物。





 ”いつの間にかノァスロの背後にまで回っていたラチェット。”

 彼が手に持つ麻酔銃の弾丸が、ノァスロの胸に入り込んでいった。

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