PAGE.178「モーニング・シャウト(その2)」


 白い霧が立ち込める早朝は実に不気味な風景だ。真っ暗闇の夜景の次に恐れるものもいるのではないだろうか。


 ……進入禁止となっている学園の中庭は随分と寂れたものである。

 飛び散った血を取り払うために草原は全て伐採され、破壊された箇所も修理された跡が痛々しく残っている。


 関係者以外が足を踏み入れることを許していない中庭に、二人の生徒が現れる。


 ラチェットとコーテナだ。

 そんな二人よりも先に、この学園に足を踏み入れている者もいた。



「来たわね」

 謎の女性研究員・ノァスロは椅子代わりに使っていた瓦礫の上から立ち上がる。塵が積もっていたのか制服に引っ付いたソレを軽く取り払う。

「手紙読んでくれたみたいね」

 ノァスロの言葉に続いて___ラチェットはローブの内側のポケットから一枚の手紙を取り出した。


封は開けられており、既に読み終わっている。手紙の内容はこうだ。


 ___ルノアという人物の身柄を預かった。

 ___返してほしいなら、早朝にて学園の中庭で待つ。


 ___ラチェット、およびコーテナの両名のみで顔を出せ。

 ___来なかった場合、および約束を破った場合は、預かった人物の命を絶つ。



 ラチェットは手紙を破り捨てると、ノァスロを睨みつける。

 ……近くの瓦礫をベッド代わりに寝間着姿のルノアが寝転んでいる。催眠薬らしきものを飲まされたのか、どれだけ乱雑に動かそうとも起きる気配がない。


 その証拠に彼女はノァスロに担がれようとも熟睡したままであった。



「ルノアを返せ!」

「返してあげるわよ。約束を守ってくれたしね」

 ノァスロはコーテナの叫びに笑みを浮かべる。


「……条件はなんダ?」

 例の人形遣いの正体を唯一知ってしまった何でも屋スカル一同のうち二人。そんな二人にわざわざ手の込んだ方法で呼び出しをする。

 

 何か要件があるに決まっている。

 それを守らなければ、ルノアの身柄は返すつもりはないということだろう。



「なに、簡単な条件よ」

 ルノアを担いだまま、ノァスロは二人の元へ歩いてくる。


「この一件、私たちの計画の事を黙っておいてもらえないかしら? それだけでいいのよ、簡単でしょ?」

「……成程、確かに簡単だナ」

 ラチェットがルノアの身柄を受け取る。

 向こうの提案に対して、ラチェットは間髪入れずに承諾する。その様子をコーテナはじっと眺めているが、それに対して何か反論をする様子もない。


 交渉はほんの数秒で成立した。


「聞き覚えの良い子は好きよ」

 このノァスロという人物。見た目は結構大人な女性である。ラチェットやコーテナを見て子供と言いたくなる気持ちも分からなくはない。

 ラチェットとノァスロは互いに背を向け、交渉が成立したところで今回の一件は解散とする。これでお互い守れるもの守れてハッピーエンドというわけだ。



「……はっ」

 だと思ったら大間違いだ。

 ノァスロの顔が鋭く歪む。何処か安堵の息を吐いたかと思いきや……その場で勢いよく指を鳴らした。


 その合図。

 何かに気付いたコーテナが動く。


「ラチェット! 向こうから何か来るよ!」

「……やっぱりナ!」

 ラチェットはルノアを背負ったまま、コーテナの元へと走る。


 ここへ呼び出す要件なんて、事件に関係する事を黙ってほしいとか何かであるのはよめていた。ルノアという人質を用意してまですることといったら。

 だが、実際の目的は……ルノアというエサを使って二人を誘き出し、証拠隠滅として手っ取り早く仕留めるというものだ。


 ラチェットにはその予想が頭をよぎっていた。そしてこの現場にやってきてそれは確信に変わった。

 彼はずっとノァスロの顔を見ていた。一秒たりとも外されることのなった視線でとらえた彼女の表情を見た後に心の中で断言する。



“こいつは平気で嘘をつくような顔をしている”


“大人しく帰すつもりはない。平気で約束を破って背中を狙うような卑怯者だ”



 奇襲の可能性があるため、ノァスロやルノアとは違うところに集中してほしいとコーテナへ警告しておいた。彼女は約束を守って、その奇襲の存在に気付いてくれる。



「こんのォッ!」

 ルノアを背負ったまま、ラチェットはコーテナの元へと飛び込んだ。


 ……ラチェットが飛び込んだ先。そこではコーテナが氷の重複魔法を構えていた。

 

 放たれる結界。

 あっという間に三人の体を巨大な氷の壁がドーム状に覆う。


 氷の結界に対し、突如霧の中から現れた“黒い影”が幾度となく攻撃を仕掛ける。


 生半可な魔術では破壊することも叶わない結界だ。ただ、殴る蹴るを繰り返す程度で破壊できるはずもない。


 黒い影はピタリと静止する。

 氷の壁をゆっくりと回っている。三人の体を囲むように作られた壁は頑丈であり、中に入る隙間も一切見当たらない。無敵の城塞である。



「ふん、勘の鋭いガキね」

 ノァスロは計画が上手くいかなかったことに憤りを覚える。

「まあいいわ。それくらいは予想済み」

 あのラチェットという人物。軽く調べた内容によると、とても警戒心が強いうえに何を考えている分からない要注意人物だと言われていた。


 直感の働く子供だ。考慮しなければ痛い目を見る。

 だからこそ、彼女は用意したのだ。

 

「私の最高傑作……“ゼロワン”はそう易々と止められないわよ」

 ノァスロが指を鳴らす。

 

 ゼロワンと呼ばれた殺戮人形が両掌を氷のドームに向ける。




 黒い泥。

 彼の体から現れる大量の泥が一瞬にして氷のドームを囲んでいく。


「終わりよ」

 ノァスロの指示。それに合わせて、ゼロワンと呼ばれた人形は両手を閉じた。


 黒い泥は氷のドームを圧縮していく、上から万力のようなパワーで押し潰していく。頑丈であったはずの氷のドームが泥の中ですり潰されていく音が痛々しく響いていく。


 15秒もかからなかった。 

 黒い泥はあっという間に氷の結界を砕く。押し潰す。


 あたり一面には飛び散った黒い泥と砕けた氷の破片が転がっていた。








「始まったか」


 学園の中庭を覗いている二人の人影。


「……見せてもらうぞ」

 フェイト。そしてコーネリウス。

 二人の学園責任者。精霊騎士団に任務を一任された戦士がその風景を遠目で隠れるように眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る