PAGE.177「モーニング・シャウト(その1)」

=魔法世界歴 1998. 9/20=


「ふぁあ~……」


 ドラゴンライダーの朝は早い。

 山奥のドラゴン牧場を手伝っているロアドの日常は早朝の配達から始まるのだ。

 

 基本的には牧場で飼っている動物の乳製品や毛皮など……ドラゴンが動きやすい早朝を直接注文先へデリバリーするという仕事が多い。


「おっと、いけないいけない」

 ロアドは少しばかり疲労がたまっていた。

 乳製品等の配達は早朝に行うものではある……しかし、ドラゴンライダーの配達業は昼間、そして夜間にも動かないといけないこともある。


 例の大量殺人のおかげで街は大パニックだ。彼女はその事件解決の協力として空からの視察や物品の配達などを24時間の交代制で行っている。


 未成年である彼女にとっては少しばかり荷が重い仕事ではあるだろう。しかし、ドラゴンライダーはここファルザローブでも数少ない人材であるが故に交代は少ない。弱音を吐いていられないのだ。



「えっと、次は……うん、ルノアの家だね」

 手渡された注文書を確認する。今度はルノアの家に牛乳瓶を数本届ける仕事だ。

 ロアドは手っ取り早く仕事を終わらせるためにダッシュで目的地へと向かった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ルノアの家に降り立つロアド。

 ドラゴンは空を飛びながら待機させている。ライダーであるロアドはそこから綱を使って下へと降りるようになっている。


 ドラゴンは巨体のために着地できる場所がない。そこが難点ではある。


「配達でーす」

 ドアをノックした後に、ロアドが声を上げる。


「はいはーい」

 家から出てきたのはルノアの母親である。

 彼女に似て少し天然なところがあるお母さん。この配達で話すことも多いため、ロアドとルノアの母親の交流は深い方ではあった。



「いつもありがとうございます」

 ロアドは笑顔で牛乳瓶を数本手渡した。


「あっ、ロアドちゃん。少しいいかしら?」

 旅立つ前、ルノアの母親が彼女を呼び止める。



「今朝、娘の部屋に行ったらいなくて……ロアドちゃん、何かしらない?」


「えっ、何処か出かけたとかじゃないんですか? 朝のジョギングとか」


「ルノアは出かける前に必ず一声かけるのよ~。それにあの子ったら朝は弱いから……だから、何かあったのかなぁって」


 ルノアの母親は少しばかり不安そうな表情を浮かべている。

 こんな物騒な頃合いだ。何かあったのではとかなり慌てるように怯えている。


「分かりました。見かけたら、お母さんが心配してるよって伝えておきます」


 ロアドはそれだけを伝え、その場から去っていった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 配達の仕事へと戻るロアド。

 その仕事の間柄、街の様子をじっくりと眺めている。騎士団側からにも頼まれている、街の視察の仕事だ。


 ……そして、母親曰く、突然姿を消したというルノアを探している。

 彼女は臆病者だ。例の大量殺人事件の事を恐れていたし、こんな人影もない時間に一人で街を出歩くのは考えづらい。


 もしかすれば、コーテナの家に泊まり込んでいる可能性もある。



「んっ」

 空から街を見下ろしていると、見慣れた人影が瞳に映る。


 ランニング用のインナーに着替えているアクセルとコヨイだ。こんな朝っぱらから鍛錬のつもりなのか、二人して一緒に雑談をしながら走っている。


 ……こちらは配達が忙しくてあまり手が回せない。

 向こうも暇というわけではなさそうだが、一声かける必要はありそうだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……OK、分かった」

「お任せください」

 地上に降りたロアドは、ランニングの途中であったアクセルとコヨイに事情を知らせる。


 ロアド自身も空中からルノアを探す。アクセルとコヨイにはルノアがコーテナの家にいないかどうかを確認してきてほしいと依頼をしておいた。

 配達途中の彼女は詩情で動くことは出来ない。動けるにしても仕事の終わる数時間後であるために時間がかかりすぎる。


 事情を伝えたところでロアドは再び仕事へと戻っていく。


 それを見送ったアクセルとコヨイは二人して何でも屋スカルの事務所へと向かって行く。



「ルノアが行方不明、ねぇ」


 アクセルはその不穏な空気に少しばかり足を急がせる。それを見かねたコヨイも鞘に収めた剣を片手に加速する。


 ここから何でも屋スカルの事務所はそう遠くない。

 数十分の時間をかけて、ロアドに頼まれた事を実行することにした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 何でも屋スカルの事務所に到着。運よく開店準備を始めていたのか、ガレージのシャッターは開いていて、その中で目の下のクマがとんでもないことになっているスカルを発見する。


 話を聞いてみれば、彼曰く用事があって徹夜していたとのこと。事情を話した後のアクビが余計に彼の睡魔を物語っているようだった。


 アクセルとコヨイは二人に用があるため呼んでほしいと相談。スカルは熟睡しているであろう二人を起こすのは心が痛むと口にしておきながらも起こしに行く。



 不穏な空気。二人はガレージのソファーで彼らを待つ。



「ルノアは来てないみたいですが……」

 二人を呼ぶ前にルノアが来ているかを口にしたが、遊びには来ていないという。

 アクセルにコヨイ、双方の心臓の震えが嫌な方向へと鼓動を上げる。


「……なぁ、ラチェット達、ここに来てないか?」

 上からスカルが下りてくる。

 さっきまでの眠そうな表情が覚めているようにも見える。何か慌てているように。



「いや、来てないっすけど」

 アクセルはずっとここにいた。ラチェットらしき人物はこのガレージにはやってきていないと告げる。


「いないんだよ。ラチェットもコーテナも……!」

 スカルは頭を掻き回す。

 

 ……アクセルとコヨイは彼等の事情を知らないだろう。

 ラチェット達は昨晩になって、大量殺人の黒幕と思われる謎の研究員と交戦した。向こう側が撤退したことでその日は終わったが……そこから数時間も立たずにこの状況だ。スカルの脳裏で嫌な予感がよぎっている。


 もしや、彼らに何かあったのではないのかと。

 もしくは……事件解決のために2人が先走っていないかと。



「おかしいな、アイツら一体どこに……」

 スカルはガレージを飛び出す。


 ……いない。

 リビングやキッチン、そしてオボロが身を隠している風呂場も確認したが、やはり2人の姿は見当たらないという。



 不穏な空気が一同を包む。

 事情を知るスカルは勿論、状況がうまく整理できていないアクセルとコヨイも同様である。


 

「小僧」

 二階の窓から声が聞こえる。

 アタリスだ。アクビをしながらその場で背伸び。顔も数回叩いたところでいつも通りの愉快そうな笑みを浮かべる。


「二人なら学園に向かったようだが?」


「妙だな。なんで学園に向かうんだよ」

 こんな時に何故、惨状となりはてた学園に向かうというのだろうか。

 

 学園は例の大量殺人事件の最初の被害現場。この状況でそこへ向かうという事は。

 スカルの嫌な予感が頂点に達した。


「……とにかく行ってみるか」


 スカルは目の色を変えて学園の方へと向かって行く。



「あ、ちょ!」


 アクセルとコヨイもスカルを追いかけるように走り出す。ランニング途中という事もあって少しばかり息があがっているアクセルにとっては拷問に近い展開であった。




 学園へと走っていく三人。

 その様子をじっくりと眺めているアタリス。



「……さて、この茶番。どんな結末を迎えるものか」


 誰よりも先に学園に向かったというラチェットとコーテナ。

 突如行方不明になったルノア。

 

 この状況下にて姿を消した二人を不安に思ったスカルに友人の二人組。



「ふん」

 アタリスの視線の先。


 ……その一同を追うかのように。

 学園へと先回りする“二つの影”。



 いよいよ、アタリスの言う“茶番の幕”が本格的に開こうとしている。

 王都を揺るがす陰謀に……一同は足を踏み入れようとしていた。

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