PAGE.176「重なる疑惑」

「……ここで何をしている?」

 フェイトの目つきは鋭いものになっている。


「怪しい奴がここにいたんだ! だから、今から追いかけようと」

「ここにはお前たち以外の気配を感じなかった。誰かいたような形跡はないが?」


 ラチェットはこの空気からして、フェイトの言いたいことを理解してしまった。


 ___疑われているようだ。

 ___学園のナンバーワンともなれば、学園で起きた例の事件を追っていないわけがない。調査をしていたところで出くわしてしまった自身達を犯人と疑っているのかと彼の軽い考察。


 無理もない。現に先程の研究員がその場にいた形跡は一つとして残っていない。地面の中に黒い泥と共に溶けてしまったのだから。



「本当だよ! ここに怪しい人がいたんだ! 逃げられたけど……!」

 コーテナの真っ直ぐな眼差しがフェイトへと向けられる。


 凄い圧力だ。フェイトから放たれる静かな殺意が微かに肌を通じて感じられる。あの年齢でそれだけの面構え、気配に感覚、その全てを消し去れる気力の違いに固唾を呑む。



 だが、コーテナはひかない。

 自分達は怪しい人間ではないと必死に口論する。



「フェイト、私は彼女が嘘をついているようには見えないけどね……眼差しが凄く真っ直ぐだ」

 コーネリウスは背中を壁からはなし、愉快気にフェイトの肩に手をのせる。

 途端にフェイトから放たれていたオーラが消え去ったような気がする。気の抜けるようなコーネリウスの言葉に、フェイトもちょこっとだが気が抜けているようなリアクションを取っていた。


「……探してみようじゃないか。その怪しい人物とやらがこの近くにいるかどうか」

「分かった」


 フェイトとコーネリウスは二人揃ってその場から去っていく。

 ひとまずは助かったようだ。交える必要もない戦闘を避けられたことに一同はホッと息を撫でおろす。


「……逃げられちまったカ。さすがにコレハ」

 だが同時に落胆もする。

 少しばかり足を止められ過ぎた。流石に距離を離されたことだと思う。



 二体の人形を追った精霊騎士達の帰りを待った方がいいだろうか。

 ラチェット達は近くの周辺を軽く見回ることにした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「まずいな、思ったよりも計画が外に知られている……騎士団以外の人間からも注目を集めるのはまずい」


 王都の下水道の中で一人駆け抜ける一体の人形。その人形に荷物のような担ぎ方をされているノァスロが焦るように何かを呟いている。


「……今日は徹夜ね。事を大きくされる前に先手を打つ」


 メモ帳を取り出す。

 そこには、特定の人物の情報がビッシリと書かれている。



「私の方だって、調べはついているものよ」


 ノァスロの不敵な笑み。

 かすかに聞こえる笑い声は、下水道の暗闇の中へと小さく溶けていく。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 数分後。同じくして平穏な王都の街中。

 今日も何事もない平和な一日だった。呑気な何者かがベッドの上で枕を抱きしめ熟睡している。


 そんな人物を目の前に……現れる。



 真っ黒な殺戮人形と。

 不敵に笑う、ドールマスターの研究員が。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 調査を終えたスカル達は事務所に戻る。

 結局見つかることはなかった。死に物狂いで路地裏の中を三人で駆け回ったものだが、それらしき姿は一切見つからない。


 事務所に到着してから数分ほど時間がたった辺りで精霊騎士の二人も帰ってくる。

 一体は仕留めたようだ。その人形は二人に斬られたと同時に証拠を隠滅するかのように近くの水路へ逃げ込む。同時に水の中で大爆発を起こし消滅したとのこと。


 人形計画。繰り返す行方不明者。

 あの人形の正体……不安が募る。


 騎士団の二人は一度城へ戻るとの事。人形計画の事をクレマーティに報告すると告げていた。


 これ以上の被害が増える前に……。




 

 一時の平穏が訪れる。

 疲れが溜まった一同は寝るかどうかを迷ってしまう。変に眠れない三人は人集りが多くなる昼まで起きておくかどうか話し合っていた。


 ……ラチェットとコーテナは一度部屋へ上がる。

 ラチェットは仮面の下に流れた汗と漏れた血を拭いたい。コーテナも乱れた髪を少し直したいと、それぞれ身だしなみの為に二階へ上がったのである。


「ラチェット、大丈夫?」

「ああ、問題ねぇヨ。多少の寝不足くらい」

「そうじゃなくて」


 上へあがる途中。階段を登りきる前に、コーテナはラチェットの頭に手を伸ばす。


「頭、痛くない?」


 頭痛。そして、自傷。

 その連続で痛めた頭。それが気になって仕方がないコーテナはそっと手を伸ばし、撫でるように手をさする。


「……なんともねぇヨ」

「なら、いいんだけど」


 いつもの素っ気ない返答ではあるが、コーテナの不安は募るばかり。

 階段を登り切り、彼女の部屋へと到着する。


「ん?」

 あるものが目に入る。

 レターだ。ここを出る前にはなかったはずの一枚の置手紙がコーテナの机の上に。

「何だろう、コレ?」

 コーテナは置手紙の封を切り、中身を取り出し手紙を開いた。


「「!!」」

 二人は戦慄する。

 その手紙の内容に……今までにない恐怖を覚えていた。

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