PAGE.175「不埒なドールマスター」


 コートにも似た白衣を身に纏う女性が怯えながら地面に転がっている。

 衣服に炎がこびり付いたのか必死に取り払おうとしている。目の前にラチェット達がいることにすら気づいていないようだ。


「……はっ!?」

 気づいた。

 白衣の女性の顔が更に真っ青に染まっていく。カビの生えたチーズでもそこまで真っ青に染まらないというのに。


「ようやく見つけたぜ。ドールマスター」

 スカルがさす指はビシィッと真っ直ぐ震え一つない。犯人を確信した推理小説の探偵のように揺らぎない人差し指である。

「観念するんだ!」

 コーテナもスカルに合わせて雄たけびを上げる。

 出来ればそこまで大声をあげてほしくないものである。緊急事態とはいえ、周りは明日の仕事に備えてグッスリ眠る社会人が沢山いるんだろうから。


「……オメェが、あの人形を操ってるクソ野郎だナ」

「くっ! まさか罠を仕掛けていたとは!」


 思いがけないターゲットのすり替えに研究員はパニックになっている。ちょっかい程度で仕掛けた“アタリスの爆撃”にも驚いた様子。



「頭良さそうな綺麗なお姉さん、こんな時間に何をしていたわけ?」

 相手が年上かどうかは分からないが、ちょっと上から目線でスカルは話しかける。相変わらず似合いもしないダンディなイメージの作り声で。


「坊やが知る必要はないわ。子供達は家に帰ってちゃんと寝なさい……と言いたいところだけど、言う事を聞いてくれるようには見えないわね」

「分かってるじゃねーカ」

 ラチェットは相手が年上と分かっていても上からの態度だ。


 ついさっき、頭を思い切りブツけたおかげで眠気も冷めてクリーンになっている。普段はやりもしないノリも、進んで実行するぐらいには調子が良かった。


「お前が例の犯人かどうか……ごっそり調べさせてもらうぜ!」

 スカルは拳を鳴らし始める。


「おっと待ちなさいよ。何を疑っているのかしら……私が何をしたっていうのかしら」

「まあ、往生際は悪いと思ってはいたサ……どのみち、一回捕まえて、頭の中に魔導書の破片があるかどうかを見ちまえば、一目瞭然だからナ」

「なっ!? 人形計画の事を何故!?」

 ラチェットの言葉へそれ以上にないリアクションを見せてしまったノァスロ。思わず口を閉じてしまうがもう手遅れである。


 人形計画。情報屋ベリーの話では、試験者を買って出た者と企画した組織しかしらない極秘の内容である。ただ事件に巻き込まれたはずの人間がそこまで調べを尽かしているとは思いもしない。


 人形と化した人間は、専用の魔導書の欠片を頭に埋め込められた主人の思考と命令によって操作される。人形魔術の発動方法を何事もなく口にした一般市民に対して、心臓も飛び出るかのような完璧なリアクション。


 ここまでくれば、最早この研究員に言い逃れが出来るスキなどあるはずもない。


「……決まりだナ」

 このノァスロという人物。見た目はただの研究員だ。とてもじゃないが戦闘慣れしているような様子はない。

 ここで袋叩きにして騎士団に放り出そう。あとは騎士団達がアルカドアに直接乗り込んで滅茶苦茶してくれるのを待つだけである。


「悪いけど」

 ノァスロは自身の頭を軽く小突く。

「捕まるわけには……いかなくってよ」

 まるで何かを起動したかのような。

 頭の中に仕込まれた何かを動かすためのスイッチを入れたような動作であった。


 嫌な予感がした一同はその場で周りを見渡す。


「ッ! 上だっ!!」

 まだ動かせる駒の存在。

 真っ先に気付いたコーテナが真上に人形が隠れていたことを促す。ラチェットとスカルもあわててその場から退避し、空から奇襲を仕掛けた何者かの攻撃を避ける。


 地に着地したのは怪しい雰囲気の謎の戦士。

 同じくしてガスマスクのような被り物。両手には敵を切り裂くために用意したカギヅメ。


 ドールマスターの駒。もう一体の人形が立ちはだかった。


「ここで始末したいけれど……時間がないわね」

 一人だけ異様に雰囲気が違う人形に担がれたノァスロが不敵に笑う。その場で勝利を確信したかのように両手を叩く。


「ごきげんよう」

 人形とノァスロの体が真っ黒い泥のような何かに覆われる。

 次第に泥によって体が圧縮されていくかと思いきや、元の体よりも小さい姿に縮んでいき……地面へと溶け込んでいく。



 逃げられた。

 少なくとも、そうに違いないと判断出来たのである。



「くそっ! 逃がした!?」

「何処に行きやがっタ……!」


 まだ探せるはずだ。

 そう遠くには行っていないと信じ、一同は足を進め始める。


「待て」

 三人まとめて路地裏を出ようとしたその矢先の事だった。



 路地裏の出口に立ちはだかる二人の人影。

 宇宙のように底の見えない瞳の少女が腕から生やした光の剣をこちらに向ける。その後ろでは壁に背持たれて笑みを浮かべているミステリアスな女子生徒。


 ナンバーワンとナンバーツー。学園最強の二人組が二人揃って一同の出口を塞いでいた。

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