PAGE.174「歪む世界」


「……」

 事務所の風呂場の浴槽には蓋が占められている。

 そこから聞こえてくるのは、コソコソと身をよじる何かの声。


「よよよ……いつになったら、私にも自由がくるのかねぇ……」

 念のため風呂桶の中に避難させていたオボロ。

 いつの間にか”物”みたいな扱いを受けていることに彼女は涙が止まらなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 三人は事務所の周りを細かく探す。

 それらしき人物がきっと近くにいる。絶対に逃がしはしない。


「ブチまけた話、あんな物騒な話は二度と御免だと思ってたが……こんなのが因果だとか運命だなんて、人生どうにかなっちまいそうだぜ!」

 人形計画。ラチェットが深い傷を負い、コーテナも命を狙われた。心のない人形と化した兵器とはいえ相手は子供。反吐が出るようなプロジェクトと再び対峙したことへスカルは当然、唸りを上げる。


 何所かの魔法研究の組織が秘密裏に実行に移そうとしている人形計画。対魔族は勿論、戦争の兵器としても開発が進んでいた計画の実行者がまさか、クロヌスのド真ん中にいるだなんて思いたくもなかった。


「仮にもし、あの人達が例の計画で操られているのなら」

 スカル達から着かず離れず。すぐにでも反撃に備え、魔力を指先に多少の収縮を行っているコーテナも、この事件に対して言いたいことはある。

「絶対に助ける」

 もとは普通の人間だったかもしれない。それを道具にする。

 非人道にもほどがある。この世に生まれた命を冒涜するような計画を考え、それを実行に移す不届き者を急いで探し出し懲らしめる。


 人形とされた者。自由を奪われた心は嘆き続け、体は涙を流した。

 あんな地獄ともいえる絵面など二度と見たくもない。コーテナは怒りに奮えるあまり冷静だ。静かな怒りを胸に込めていた。



「ああ、そうダナ……」


 当たり前だ。見つけ出してみせる。


「苦しんでいる、あの人形達を早く」


 奪われた自由。奪われた心。人ではなくなった存在。


 苦しみから解放してやる。

 そのためにも。早く、見つけ出し___。







「”殺さないとな”」






 

「……ラチェット?」


 足が止まった。

 それは思わずの事。コーテナとスカルは動揺している。



 今のは聞き間違いだったのか。

 ラチェットの口から、出てくるはずもない”言葉”が出てきたような気がして。


「んっ、えっ……?」


 ラチェットも足を止める。


「お、俺は今、何て言ったンダ……?」


 数秒前の出来事のはず。自分で口にしたはず。

 なのになぜなのか。



 ”その一瞬の記憶が、彼の脳裏に残っていない”


「うっ!?」


 まただ。また、頭痛が襲い掛かる。

 蜃気楼のように世界が歪む。何かが上から押し寄せてくる。




 襲い掛かってくるのは、今度は頭痛と眩暈だけではない。





___そうだ、殺せ。


「な、なんだ……」


 語り掛けてくる。

 聞き覚えのない声が、彼の精神に植え付けるようにへばりついてくる。


 ___人間に非ず者。人間としての道を外れた者。

 ___それもまた、世界を汚す外道に他ならない。


「なんだ、何を言ってやがル!?」


 ___使命を果たせ。


「うぐっ、はぁっ……!?」


 ___この世界を●●。お前の使命を果たせ。


「何だ、聞こえねぇ……何も、聞こえねェ……!!」


 ___●●のだ。

 ___もう一人の、私となりえる者。



 ___敵を、”殺せ”!!



「うるっ……セェッ!!!」


 頭を思い切り民家のレンガの壁へと叩きつける。


「俺の中で……勝手するんじゃねェッ!!!」


 頭痛は消えた。痛覚もない。

 代わりに生暖かい液体が仮面の鼻筋を辿って、地面にボタリと落ちていく。



「おい! どうした、ラチェット!?」

 いきなり苦しみ、いきなり叫び、いきなり自傷に走る。

 一種の暴走だった。そう見えたスカルは壁から引きはがす様にラチェットの身を自分の体へと引き寄せていく。


「そうだよ! 急に暴れだして!?」

 額から血液の溢れ出るラチェット。一瞬、盲目とした、その姿に動転し切ったコーテナの表情が不安で崩れ始めている。



「はぁ……はぁ……っ」

 今になって、別の頭痛が襲い掛かる。

 自業自得によるものだ。締め付けてくるような痛みではなく、今度は外から殴りつけてくるような痛み。その痛みを持ってラチェットの意識が戻っていく。


「だ、大丈夫……睡眠不足で、疲れてるだけダ」


 気が動転しているのは二人だけじゃない。ラチェット本人だってそうだ。



 恐怖している。

 取り返しのつかない。恐ろしい言葉を口にしたような気がした自分の事に、深い嫌悪感が芽生えている。


「とにかく、これを……」


 仮面のすぐ真上。額の出血を止めるために、コーテナは取り出したハンカチで縛り上げる。ガーゼや消毒の一つは必要かもしれないが応急きっとは今ここにない。無理やりではあるが、止血が優先であった。



「……随分と騒がしいな」

 三人を屋根上から見下ろす声。

 

 アタリスだ。飛び出した三人を追って、ここまでついてきていたようだ。


「アタリス!?」

「タイミング的に控える言葉ではあると思うが……朗報だ」


 彼女の視線がそっと、三人が進もうとした方向とは真反対。路地裏へと続く裏道への入口へと向けられている。


「そこから様子を伺っている阿呆がいるぞ。行ってやれ」

「アタリス、それは一体」


 スカルが彼女に質問しようとしたその瞬間だった。



 ”路地裏で爆破音”。



「うわぁっ!?」


 それと同時。その爆発に驚いている何者かの声もついてくる。



「急げ。逃げるネズミは人の手では簡単には捕まらんぞ」

 アタリスはそれだけ言い残すと事務所の方へと戻っていく。




「……行くゾ!」

 三人は爆破した路地裏の方へと進んでいく。


「くっ、なんだ、このっ」

 爆発に驚いたのか、路地裏に倒れている女性の科学者らしき人物が一人。




 生体兵器を操っていると思われる黒幕。


 王都を巣食う底無き闇へと辿り着けるカギとなりえる人物がそこにいた。

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