PAGE.170「キラードール・パーティー(その2)」


「……コーテナ、お前は中に入っとけ」


 痺れる体を無理やりにでも叩き起こす。まだ、体を動かすには痛みがこびりついているがそれどころではない。


 ラチェットの視線の先。段差の引く裏道の階段の真上にその犯人はいる。

 ガスマスクの人形。名もなき暗殺者が確かな殺意を持ってこちらに近づいていた。



「あれが……!?」

 コーテナもラチェットの視線を見てようやく気付いたようだ。気づかれないうちに暗殺を試みた人形の存在に。


「俺が何とかすル。お前は中に」

「ううん! ボクも戦う……言ったよね、何かあったら守るって」


 魔導書を構えるラチェットの横で、コーテナも指を拳銃の形に構える。


 戦闘態勢の二人。

 それに対し、殺戮人形は怯む様子も見せず、バッタのように二人の方へとびかかってきた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 同時刻。王都の裏道でも戦闘は続く。


 無残に転がった死体の山。血なまぐさい路地裏にて二人の暗殺者が、王都を守る正義の騎士団と交戦を交えている。


「なるほど……コイツは確かに手ごわい!」

 ホウセンはそう呟いている。

 しかし、その言い方はあまりにも軽口でかなり余裕があるように見える。戦いを楽しむ余裕さえも感じられた。


 この殺戮人形達は確かに強い。王都の騎士団に所属する一般兵は勿論、上手くいけば小隊長レベルには良い腕とフットワークを身に着けている。


 だが、残念だが相手が悪い。

 暗殺者達の相手はその騎士団の中でもトップクラスの精霊騎士。比較することすら無意味と思えるレベルが相手なのだ。


 安易に勝てるわけがない。

 ましてや、意識があるとは思えない無機質な人形風情が。



「よっと……!」

 サイネリアは殺戮人形の胸を切り裂く。

 多くの修羅場を潜り抜けた騎士。一瞬にして精霊騎士の無法者コンビの手によってガスマスクの人形は処理されていく。



「……確かにしぶといな」

 胸を切り裂いた剣を力強くその場で空振りする。剣にこびりついた血液を払い、顔に数滴ほど引っ付いた血液も籠手で軽く拭う。


「動けなくなるように急所を狙いまくってるんだが……全然止まる気配がねぇ」

 サイネリアは報告通りのしぶとさに面倒を感じている。


 足は必要以上に蹴り上げた。腕も神経に大きなダメージを与えた。腹も強い殴打を与えた上に、さっきは胸に大きなダメージを与えた。


 ……ところが人形はそれでもまだ動き続けている。

 多少の痙攣、動きが先程と比べてかなり鈍くなっていようとも、目の前の標的を相手に殺意を引っ込める気配が全く見えない。



(それに何だ……こいつら。本当に人間か?)

 剣に引っ付いた血液。そして、ガスマスクの人形の胸の傷口。

 あれだけ豪快に斬った割には出血があまりにも少ない。蛇口を閉め忘れた水道の水滴くらいにしか血液が溢れていない。


 この妙な感覚にサイネリアは不気味さを覚える。


 ……ここまでやっておいて停戦を図る気配はなし。

 となれば、面倒な暴れ者を処理する役割を押し付けられる彼女らが次にやる事は一つである。



「投降しろ。今なら手は出さねぇ。それ以上動くってんなら……容赦しねぇ」

 最終警告だ。

 極力は凶行犯の生け捕りは絶対とされている。だが、それで大人しく引き下がらない奴らも少なくはない。


 もはや、話をする埒もない。

 敵はそういう人物であると判断した場合……最終警告を無視した愚か者はこの場にて極刑を執行する。


 精霊騎士団。主にこの二人にはその許可が下りている。

 話の通じない凶行犯を現場で処理する許可を。



 二人のうち一人がそれだけの負傷であろうとも容赦なくカギヅメを構えて突っ込んでくる。無機質な人形を思わせる暗殺者には言葉が届いていないのか、何の躊躇いも見せずにとびかかってきた。



「警告は……したぜ」

 サイネリアは容赦なく剣を突き立てた。


 彼女の剣は飛びかかってきた人形の心臓を捕らえた。剣はいともたやすく暗殺者の体を貫通し、文字通り串刺しとなる。


 どれだけ痛めつけても動き一つ止めない乱暴者。しかし、どれだけタフな奴であろうと心臓と脳を一刺しすれば動かなくなる。人間という生き物として当然の摂理である。


 せめて苦しむ間もなく一瞬で。騎士団からの最後の慈悲である。

 これ以上の猟奇を許すわけにはいかない。サイネリアは暴走する人形相手にとどめの一撃を突き入れた。



「……ッ!?」

 心臓に一撃入れた。


 しかし、人形はその状況であろうともサイネリアの方へと動きを進めていく。絶命する寸前であろうとも、刃が心臓を抉ろうともまだまだ先へとサイネリアに近寄ろうとする。


 そのカギヅメでサイネリアの首を刈り取ろうと最後の殺意を向けていた。



「おっと!」

 しかし、寸前に気が付いたのはホウセンだった。

 咄嗟の判断でホウセンは串刺しにされた殺人者を蹴り飛ばす。殺人者は突き刺さった剣と共に路地裏の壁に叩きつけられた。


 そこでようやく動きはピタリと止まった。

 あまりにも乱雑な埋葬であったが……致し方なし。


「さてと、あとは……」

 残り一体の方へと視線を向ける。

 降参するか否か。その判断を委ねた。


「今なら命は保障する。さもねぇと……」

 サイネリアは動かなくなった人形の遺体から剣を引っこ抜いた。



「……?」

 その直後の事だった。




 あっという間の一瞬。


 “動かなくなったはずの遺体が風船のように膨れ始めた。”



「……ッ!? ホウセン、離れ、」


 サイネリアの言葉。

 咄嗟に出てきた言葉は……耳も割れるような“爆発音”と共に掻き消えた。

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